伝説のプチトマトっ子

第一章「運命の出会い」
※まだ全然仕上がってはいませんが、とりあえず書き上げたものから順にアップしたいと思います。
なお、この作品は全くのフィクションです。特に、設定等に大幅な独自解釈を加えてありますので、違和感を感じる方も多いと思いますが、あくまでも「小説」ということでご理解くださいますようお願いいたします。
1.ねがい

 1979年(昭和54年)5月16日。
 この日の千葉は、穏やかな初夏の気候を見せていた。

「あぁ、どないしよ、もう5月も半ば過ぎてるやない・・・」
 千葉駅前からまっすぐに延びる大通りに面した「ニューナラヤ」に、そうつぶやきながら、初老の女性が入っていった。その服装は女性らしさのない、何の色気もないスーツスタイルではあるが、着こなしにはどことなく気品が漂い、まるで「男装の麗人」のような佇まいを、彼女に与えていた。
 彼女は、純子という写真家だった。報道写真から写真家への道を歩んできた彼女だったが、その頃力を入れていたのは、美しい少女のヌード写真をを題材にした「詩画」風の創作活動であった。
 前例の少ない分野での挑戦に、最初は理解を示す者は少なかった。それでも純子は、必死に協力者を探し、発表の場を求め続けた。まるでそれが、自らに与えられた「使命」であるかのように。
 そして、数年前にようやく版元が決まり、また、バックアップを快諾する新聞社もつき、それによって念願の作品発表が実現してからは、毎年1作ずつ新作を発表すべく、創作活動に一層力を入れるようになっていたのである。
 「夏が終われば、今度のテーマは難しいやろしなぁ・・・。そうなったら、フジアートさんのご好意も、全部水の泡やわ」
 純子は焦っていた。再来年に発表する予定の作品に使う「モデル」が見つかっていなかったからであった。
 「今までが順調すぎたんかもしれへんわ。ヌードなんて、ポルノみたく扱われても詮無いモンやろから、親御さんがそう思てはるんやったら、可愛い我が子をそんなんにしとうおまへんやろ。そもそもうちは、ヌードにやらしい意味なんて考えておまへんのやけどなぁ・・・」
 そう言いながら、純子は「『野菊のような少女』展」の会場に足を運んだ。来年は、犬と戯れる少女を追いかけた作品を既に用意している。しかし、その次の年に発表する作品は、「モデル」がいないために、製作の目途が立っていない状況だったのである。
 既に、純子の中でテーマは決まっていた。
 「2人にする、いうんは無理やったんやろか・・・。でも、今の状況やったら、1人でもヌードになってくれるゆう子がいれば、それで万々歳やろしなぁ・・・」
 誰もいない寂しげな海岸、過ぎ行く夏、少女の時期を惜しむように、そして、互いの気持ちを確かめ合うように、潮風を受けながら戯れる2人の少女、そして、再び訪れた夏、明るい日差しの下で、無邪気な少女の中に「女」の顔を覗かせながら、少女たちの成長を追う、そんなストーリーを、純子は思い描いていたのである。
最初のロケの場所はもう決めている。鳥取砂丘。かつて訪れたときに感じた、その広大な、時間によって刻々と変わる自然の表情、そして、全体を通して漂っている寂寥感。思い描く風景そのものだった。
しかし、それを現実にするには、今年の夏には、「モデル」を連れて撮影に行かなければならないのである。
「もうこうなったら、展覧会のお客さんにダメモトで声かけよか。展覧会見てくれはるゆうんは、ヌードに理解もある、ゆうことやろし・・・」
純子は、手を腰に当て、そう一人ごちながら、控え室に入っていった。



2.笑顔の行方



 「ねえ、マリちゃん、見て見て!」
 「ニューナラヤ」の前に、そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねる、制服の少女の姿があった。
 「マユちゃん、どうしたの?ナラヤで何か面白そうなことやってるの?」
 ぴょんぴょん飛び跳ねる少女に「マリ」と呼ばれたのは、やはり同じ制服を着た、同じぐらいの年頃の少女だった。
「マユ」と呼ばれた少女は、髪を短く切っていて、くりくりっとした目が可愛らしく、ややぽっちゃりとした体型も相まって、元気な可愛い女の子、という印象が強かったが、マリのほうは、髪は肩まで伸び、よく似た目をしているものの、マユよりは痩せていて、可愛らしい、というよりも、大人しい美少女といった雰囲気を漂わせていた。
「ほら、『野菊のような少女』だって、私みたいじゃない?」
マユはそう言って、ちょっとすました顔をマリに向け、微笑んだ。その笑顔は、無垢な天使のようであったが、マリは大きくため息をついてこう答えた。
「マユちゃんは野菊じゃなくって、どっちかと言えばひまわりよ」
マリの言葉に、マユはむすっとして、
「何か、みんなそんな風に見てるんだよねぇ・・・。私だってかよわい女の子なのに、クラスの男子は女だと思ってないみたい。ちゃんとおっぱい出てるんだからね!って言ってやりたいぐらい」と言った。
「・・・マユちゃん、女の子はあんまりそんな、その、おっぱいなんて言わないほうがいいよ。男子なんてほっとけばいいのよ」
マリは、困ったような表情をしながら、マユにそう言った。
「それにしても、どんな子なのかな?『野菊』みたいな子って・・・、って、マリちゃん、見てよ、これ、『ヌード』って書いてあるよ!すごぉい、だって、この写真の子でしょ?私たちと同じぐらいじゃない?」
マユは、ポスターをまじまじと見ながら、興奮した口調でしゃべっていた。マリは、その勢いに押されるように、ポスターを覗き込んで言った。
「本当、すごいなぁ・・・。南沙織の相手の人がヌードを撮る人だって聞いたとき、『え、ヌード?』って、何かエッチな感じがしたなぁ。でも、ナラヤみたいなところでも、ヌードの展覧会をするんだ・・・」
マユの興奮を抑えきれない口調とは正反対の、努めて冷静な物言いだった。
「ねぇねぇ、マリちゃん、見ていこうよ」
マユは、おもむろにマリの方に振り返り、満面に笑みを浮かべてそう言った。マリは、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような、きょとんとした表情を見せて言った。
「・・・マユちゃん、こういうのって、男の人が見るもんじゃないのかなぁ?それに、私たちまだ中1だし、入れてもらえないんじゃない?」
そう問われると、マユは、
「平気だよ、マリちゃん。だって、どこにも『未成年お断り』なんて書いてないし、私たち、この子と同じ女の子だし、お風呂屋さんで会ってたら、裸ぐらい普通に見るじゃない。気にすることないよ。それより、どんな感じなのか、興味ないの?」と言って、微笑みを浮かべたまま、小首をかしげた。その顔を見て、マリは一瞬上を向いて、すぐにマユの目を見つめて言った。
「うん。ちょっとだけ、見てみようか」
マリの顔にも、マユと変わらない、天使のような微笑みが浮かんでいた。
二人の微笑みが、やがて「世紀の傑作」を左右することを、2人はまだ知らない。


3.空も飛べるはず

 会場となっていた催事場は、初日ということもあり、水曜日ながら盛況であった。ギャラリーの傍らでは、写真集の販売と、その作者である純子と著名な作家のサイン会もセッティングされ、純子はその席に待機していた。
 席からは、催事場の入り口が見渡せるため、純子は、来場する顔ぶれをいちいち確認しては、深いため息をついていた。
 「うぅん、やはり今日はあきまへんなぁ。まぁ、水曜日にそう都合よく丁度『モデル』向きな子が来るわけないんやろな・・・。親子連れが多い日曜日を待って・・・」
 頬杖を突き、机にサインペンをコツコツと叩きながら、そう考えはじめていた純子の手が、急に止まった。純子の目は、会場の外に見えた2人の少女に釘付けになっていた。
 「むむ、予想通りだけど、やっぱお兄さんばっかだね」
 入り口の前で、マユは眉間にしわを寄せ、口を尖らせながら言った。マリは、目の前にいる男の群れを見て、息を呑むだけだった。
 「藤本はん、ほんま悪いんやけど、ちょっと席立たせてもらえへん?お客さん来たら引き止めといて」
 純子は顔を入り口の方から離さずに、隣に座っていた作家にそう言ったかと思うと、やおら席を立ち、会場の外の方へ走り出した。
 「いた!偶然にしては、できすぎや!えらい可愛らし子が、それも2人揃っておるなんて!うちに神さんが味方してくれはったんやろか!」
 会場の外では、マユとマリが、依然として入場を躊躇していた。
 「やっぱり、私たちみたいな子どもが来るところじゃないのかも。どうするの?マユちゃん」
 マリは、思い切り不安そうな表情で、マユの顔を覗き込んだ。
 「子どもじゃないわよ。だって、国鉄だって、バスだって、みんな大人料金取るじゃない?私たちはもう、大人なのよ。全然平気よ!」
 マユはそう言って胸を張ったが、
 「マユちゃん、平気って言う割には、顔が引きつってるよ・・・」と、マリに指摘されると、しゅんとなって肩を落とした。
 「へへ、そうなんだよね。やっぱ最後の勇気が出ないというか、ちょっと緊張しちゃってるのよ」
 その時、入り口の中から、ものすごい形相をした「おばさん」がこちらに向かってきた。
 「お嬢ちゃんたちぃ、うちの展覧会、見に来はったんやろかぁ?」
 「ま、マリちゃん、何か、凄い感じのおばさんが、こっち来てるよ・・・」
 マユはそう言うのが精一杯だった。マリに至っては、マユの後ろに隠れて、言葉も出せなかった。
 純子は、2人の前に立つと、胸ポケットから名刺を取り出した。
 「うちの写真展にようこそ。うち、こう見えて写真家なんやわ。よろしゅう」
 「清岡・・・ジュンコさん?」
 今まで言葉も出せなかったマリが、やっとの思いで声を振り絞った。
 「あ『ジュンコ』ちゃうわ、うちのは『スミコ』いうのんや」
 純子がそう言うと、マリはあっと言う表情を見せ、口に手を当てた。
 「で、写真家さん、私たちにどんなご用なんですか?」
 マユは、訝しそうに純子の顔を見上げて言った。純子は、にこにこと笑みをたたえたまま、
 「お嬢ちゃんたち、うちの『モデル』にならへん?」と言った。



4.瞳そらさないで

 純子の言葉に、マユもマリも驚きの表情を見せた。
 「・・・あ、あのぅ」
 先に声をあげたのはマリだった。
 「『モデル』って、写真のですよね?・・・もしかして、ヌード、ってことですか?」
 上目遣いをしながら、そう言って純子の方を見た。
 「あぁ、そんな身構えることやないよ。もちろん、ヌードもそうやけど、うちの今考えてる『作品』にピッタシの、お嬢ちゃんたちの可愛らし雰囲気を撮りたいんやわ」
 純子は、相変わらずにこにことしながら、ゆっくりと、柔らかな口調でそう話した。
 「お嬢ちゃんたちを遠くから見つけて、何ていうか、他の子たちと違う何かを感じたんやわ。うちの『作品』を、お嬢ちゃんたちのその可愛らし雰囲気で表現したら、ほんま、素敵な『作品』になるんやないやろか、って思たら、何や、体がひとりでに動いてもうたんやわ。ヌードはそない心配することやあらへんよ。誰だって、そら最初は緊張するもんやし。でも、うちの撮った子たちは、みな、喜んでくれはってるんよ。それは『作品』やからかな。そこいらにあるような、嫌らしモンとはちゃいますのや。・・・そや、こないなとこで聞くだけやのうて、まずは、うちの『作品』を見てもらって、それから判断してもらったほうがよろしやろなぁ。そなら、おいでや」
 純子はそこまで言うと、2人に背を向け、会場の中へ進み始めた。
 「ねぇ、マユちゃん、どうするの?」
 マリは、マユの耳に手をあて、小声でささやいた。マユは、ぺろっと舌なめずりをしてから、マリにこう答えた。
 「とりあえず、行ってみようか。何か入り辛かったのが、いい理由ができてよかったじゃない」
 マユの言葉に、マリは驚いた顔で言った。
 「でも、ヌードはムリよ・・・。このままずるずると説得されたらどうするのよ」
 すると、マユはにっこり笑いながら、
 「そんなの、写真を見てから決めればいいのよ。どうしても嫌だったら、やめればいいんだし、いいな、って思ったら、チャレンジしてみればいいんだし。見てみなきゃわからないでしょ?」と言って、純子の後を追うように進み始めた。
 「マユちゃん、待ってよ」と、慌ててマリもついていった。
 マリも、内心はそう思っていた。自分と同じぐらいの少女の「ヌード写真」には、とても興味がある。けれど、自分がヌードになる、ということには、強い抵抗感があった。
「自分の裸は、他人の目から見てどうなんだろう?」
マリもマユも、中学生になったばかりである。ほんの2ヶ月ほど前までは、小学生だった。男の人が、性的な対象として女性の裸を見ているということが、何となく分かりだしたばかり。ましてや、自分がそういう対象になる、という発想など、つい最近まで全くなかった。
それは、マユも同じだった。マリと一緒に風呂に入ると、どうしても自分の胸が気になってしまう。マリの小ぶりな胸に比べ、自分の胸は12歳にしては大きい。最近はブラをつけるようになったが、小学生の頃はずっとノーブラで、何も気にせずに男子と同じ部屋で着替えをしていたのである。その頃は何とも思っていなかったが、今になって考えると、どう見られていたのだろう、ということばかりが気になるのだ。
 そんな思春期特有の興味が、2人を会場の中へ押し入れていったのだった。


5.突然

 「お嬢ちゃんたち、うちの『作品』や。どないやろか?」
 純子は、そう得意げに言った。マユとマリの目の前には、自分と同じぐらいの年齢、もしかしたらもっと小さいかもしれない女の子の笑顔があった。決して絶世の美女とは言えない、どこにでもいそうな素朴な雰囲気の少女だったが、どの写真も、綺麗で、楽しげで、その笑顔は心から出ているものだ、という感じがした。服を着ている写真も、着ていない写真も、それは同じだった。むしろ、ヌードかヌードじゃないか、そんなことはあまり関係ない、とまで2人には思えたのだ。
 「楽しそう・・・」
 最初につぶやいたのは、マユだった。
 「そやろ?そもそも『ヌード』なんて身構えるから、この子の素晴らしい瞬間が理解でけへんのや。うちは、可愛らし女の子の、素晴らしい瞬間を切り取って、そして、それを『作品』として発表することで、その可愛らしさをみんなに伝えたいだけなんやわ」
 純子は、我が意を得たり、といった表情で、2人に語りかけた。
 「そういえば、お嬢ちゃんたちのこと、全然聞いてへんかったわぁ。お嬢ちゃんたちは、同じ学校のお友達?」
 純子の問いかけに、マリが答えた。
 「私たち、双子なんですよ。私が『姉』のマリで、こっちのマユが『妹』。二卵性なんで、初めて会った人はみんな、双子だとは思わないみたいですけどね。見てのとおり、顔も、体も、それに性格も、全然双子じゃない、って友達によく言われるんです」
 それを聞いて、純子は目を大きく見開いた。
 「ほんまかいな。じゃ、2人のお父様、お母様は同じ、てことや・・・、って、当たり前やね、うち、何言うてんのやろか」
 純子はそう独り言を言いながら、我が身に起きた幸運を喜んでいた。
 少女を「モデル」として使う場合、必ず「保護者の同意」が必要になる。純子の場合、ヌードを撮ろうとしているのだから尚更である。2人のモデルを使おう、と構想した段階で、最も気になっていたのがこの「保護者の同意」だったのである。
 「それぞれの親に交渉せなあかんからなぁ・・・」
 それが頭にあったからこそ、純子は焦っていたのだった。
 だが、目の前には、同じ両親から生まれた、しかも双子ということで同じような年恰好、かつ二卵性のためぱっと見には双子とは思えない2人の少女がいるのだ。これが神の助けでないというなら、何という強運なのだろう。
 「どや、興味出てきた?」
 こみ上げる思いを抑え、純子はそう尋ねた。
 2人は、しばらく黙ったままだった。
 沈黙を破ったのは、マユのほうだった。
 「私、こういう感じで撮られるんだったら、ヌードもいいかも」
 その言葉を聞いて、驚いた表情を見せたのはマリだった。
 「本気で言ってるの?自分の裸が、みんなに見られちゃうんだよ?」
 だが、マユは、そんなマリの言葉を聞き流し、足元に視線を落としながら、ぽつぽつと話し始めた。
 「私だって、女の子なんだ、って、証明できるでしょ?裸を見られるのは恥ずかしいけど、クラスの男子に、目の前でシャツのボタンを開いて、おっぱいを見せるわけじゃないんだし」
 そこまで言うと、マユは顔をあげた。
 「それに、この先生、すごく綺麗に撮ってくれそうだから」
 その顔は、まさしく天使のような、穢れのない微笑をたたえていた。



6.揺れる思い

マユの決意を目の当たりにして、マリは戸惑っていた。
 自分は、はっきり言って裸になる自信がなかった。確かに、ここに飾られている写真の子も、子どもの幼さを残しているわけだし、だからこそ、こうやって瞬間を切り取ると、普通の子なのに、とても素晴らしい「絵」になる、ということは理解できた。
 しかし、それ以上に、誰かに自分の裸を見られる、ということに対する恐怖心を消せないでいるのだ。
 それなのに、マユはヌードになる決意をしてしまった。
 マユだって悩んで決めたこと、それは分かっている。常々から「女の子に見られていない」ということに不満を持っていたようだから、「女の子だと証明する」という気持ちになるのも分かる。
 ただ、マリには、そんな動機はない。
 マリは、心の中で、こう叫んでいた。
 「もう、マユちゃんの馬鹿。双子だ、って言っちゃってるんだから、マユちゃんが『ヌードになる』って決めちゃったら、私だって一緒に、って言わなきゃならないじゃない。まだそんな、心の準備もできてないんだから、もうちょっと待っててくれてもよかったのに・・・」
 「お姉ちゃんは、どう、考えてくれた?」
 不意に純子にそう尋ねられ、マリは思わず「えっ!」と声をあげてしまった。
 「あ、ゴメンね。考え中やったか。・・・そうやね、そら真剣に考えるわね。えらい大事なことなんやから」
 純子はそう言って頭を掻いた。
 「マリちゃん、まだ迷ってる?」
 マユは、心配そうな表情でマリの顔を覗き込んだ。
 「うん、やっぱり、裸を見られるのは恥ずかしいよ・・・」
 マリは、泣きそうな顔をマユのほうに向けて話した。
 「あらら、どないしよ。そや、ほら、うちの『作品』をいつ発表するのか、言い忘れとったねぇ。お嬢ちゃんたちの『作品』は、再来年に発表する予定で考えてるんや。せやから、今すぐ恥ずかしい、ゆうことはあらへんから、心配いらへんよ、な」
 純子は、そう言って、マリの気持ちを落ち着かせようとした。
そんな言葉ぐらいで、羞恥心がなくなることがない、ということは純子自身がよく知っている。土壇場でヌードを拒否され、撮影が中止となったこともあったのだから。それでも、そんな言葉をかけなければならない、という気持ちにさせたのは、マリの表情があまりにも緊迫していたからだ。
「マリちゃん、ゴメンね、私が何も考えずに、勝手に言っちゃったから・・・」
マユは、申し訳なさそうな顔をして、下を向いた。
いつもそうだった。思慮深いマリに対して、思い切りのいいマユ。マリがまだ決めかねている段階で、既に決めてしまっているマユ。時には、乗り気ではないマリを強引に巻き込んでしまうこともあった。
「私って、何でいつもこうなんだろう・・・」
マユは、思い切りのいい反面、喜怒哀楽をストレートに表現してしまうところがある。その時の気持ちで、表情がクルクルと変化していくのだ。
マユの表情が、みるみる曇っていった。まるで、太陽が雲で顔を隠していくかのように。



7.いちばん近くにいてね

 結局、展覧会場ではマリが翻意することはなかった。
 「詳しいことは、後日改めてお宅へ伺って決めるから」
 純子はそう言って、サイン会の会場へ戻っていった。
 その日、家に帰るまでの間、マリと何を話したのか、マユは覚えていない。
 その夜、家で顛末を話すと、サラリーマンの父親はとたんに不機嫌になった。しかし、母親は意外にも乗り気で、純子に会うのを楽しみにしているようだった。
 数日後、約束どおり、純子はマユたちの家にやってきた。
 両親に写真集を見せ、純子の思い描く「作品」の芸術性、少女写真の素晴らしさなど、熱弁の甲斐もあって、両親は撮影に同意することになった。
 となると、問題は未だ「ヌード」に抵抗を感じているマリのみである。
 「マリちゃん、先生を信じて、やってみようよ」
 マユはマリにそう訴えかけた。必死だった。
 双子である、ないに関係なく、マリはマユにとってたった一人の「姉妹」である。今まで、思い出の全てのシーンで、マユはマリと一緒だった。初めての旅行、幼稚園の行事、下校時のちょっと寄り道、涙が溢れた卒業式・・・。
そんなマユにとって、マリは「いつも隣りにいる存在」である。そのマリが、マユと行動を共にしないかもしれない、ということは、マユを不安にさせた。
 実はマユだって、裸を不特定多数に見せることに、少なからず抵抗はあるのだ。自分の体を、嫌らしい目で見る人がいる、ということを想像すると、裸になどなれない、と思ってしまう。
ただ、純子の「作品」を実際に見て、そこから嫌らしい発想を持つようには思えなかったため、「そんなに嫌らしい人の目には触れないはず」と自分に言い聞かせて、何とか意思を保っている、といったところである。
「ねぇ、とりあえず、ロケに行くだけ行ってみようよ」
マユは、マリに優しく語りかけた。
「私は、もう、ヌードになる、って言っちゃってるから、ロケ自体は成立するはずなの。それを見て、マリちゃんが自分で判断すればいいんじゃないかな?そうよ、旅行だ、って思えばいいのよ!鳥取なんて、行ったことないじゃない?どこまでも続く砂の山って、聞いただけでロマンチックじゃない?それを見に行くだけ、って思えばいいじゃない」
マリは、マユの言葉に小さくうなずいた。
「そうだよね。マユちゃんの言うとおりだね。先生に、まだ決めかねてるけど、それでもいいですか?って聞いてみないといけないとは思うけど、行ってから決めても、遅くはないんだよね。何だか少し安心したわ。ありがとう、マユちゃん」
そう言ったマリの顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
それを見て、マユはなぜか急に、涙がこみ上げてくるのを感じた。
「何で?何で涙が出てくるんだろう・・・」
マユは自分の無意識の反応が、理解できずにいた。
マリが「行ってから決める」とロケ行きを決意してくれたことで、マユの中に残っていた、マリと別々になってしまう、という不安が、少し小さくなった。だからこそ、マユは涙を流しているのだ。
緊張の糸が切れ、それまでこらえていた涙が、堰を切ったように溢れてきたのである。
マユの涙を見て、マリもまた涙を流した。もちろん、悲しいという意味ではなかった。
その夜は、幼い日のように、一つのベッドで、2人手をつないだまま、眠りについた。手だけではなく、お互いの心もつながっている。そう、実感した夜だった。




第二章「天使降臨」
※ようやく第二章があがりました。仕事が忙しくなってきたため、第三章以降のアップが相当遅れてしまいそうです・・・。
なお、この作品は全くのフィクションです。特に、設定等に大幅な独自解釈を加えてありますので、違和感を感じる方も多いと思いますが、あくまでも「小説」ということでご理解くださいますようお願いいたします。

1.負けないで



 8月19日。千葉から鳥取への長い長い行程を終え、マユとマリ、そしてその母はようやく鳥取砂丘近くのホテルに投宿した。
 「お疲れさんやったねぇ、今日はもう遅いし、ゆっくりしたらええわ」
 東京から合流した純子が、ホテルのロビーで汗を拭きながらそう言った。
 「やったぁ、じゃあ、ご飯までの間、お風呂にいこうよ、マリちゃん」
 マユは明らかにはしゃいでいた。
 ヌード撮影ということを抜きにすると、今までこんなに遠いところに来たこともなかったし、父親抜きの家族旅行も初めてだったから、ということも大きいだろうが、それ以上に、マリが一緒にいる、ということ、これこそが、マユの気持ちをはやらせていたのだ。
 結局、マユに引っ張られる形で、マリも一緒に大浴場に向かうことになった。
 マユに手を引かれながら、マリは明日からのことを考えていた。
 「本当に、これでいいの?」
 マリは、深く思い詰める性格だった。マユに言われたように、明日、マユの撮影を見てから、自分も撮影されるか、やめるかを決める、という決意をして、この山陰の地までやってきたわけだが、いざその舞台が近づいてくると、その判断で本当によかったのか、という不安が頭をよぎってくるのだ。
 「ねぇ、マユちゃん」
 マリは、不意にマユの手を引っ張り返した。
 「どうしたの?」
 マユは、振り向いてマリの顔を見た。マリは、伏し目がちに視線をマユの足元に向け、黙っているだけだった。
 「あ、分かった。明日のこと、心配になってきてるんでしょ?マリちゃんって、いっつもそうだよねぇ。どうしようどうしよう、ってなっちゃうんだよね。でも、私も不安なのは一緒だよ。きっと何とかなるって」
 マユがそう言っても、マリの顔にはまだ迷いの色が見えた。マユは、大きく息を吐き出すと、おもむろにマリの手を引いて走り出した。
 「ちょ、ちょっと、マユちゃん、危ないよ、どうしたの?」
 マリがそう言っても、マユは返事もせず、走り続けた。
 やがて、大浴場の脱衣所にたどり着いた。
 「マリちゃん、脱いでみて」
 マユは、真顔でそうマリに話しかけた。マリは、訝しげな表情を見せた。
 「ちょっと待ってよ。いくらヌードになるのを迷ってるからって、それは撮影の話で、マユちゃんの前で脱げない、ってことじゃないのよ?いつも一緒にお風呂入ってるじゃない」
 「そんなの分かってるよ。いいから脱いで」
 マユはそう言うと、マリの浴衣に手をかけた。マリはびっくりして一歩後ずさりをしたが、
 「わかったわよ、脱げばいいのね?」と、自ら帯を解き、浴衣をはだけて床に落とし、下着を脱いで裸になった。
 「マリちゃん、そこの鏡の前に立って」
 マユが指し示す先には、大きな鏡が立てかけてあった。マリは、その前に立ち、鏡に映し出された自らの白く透き通るような肢体を直視した。
 「マリちゃんも、私も、今お風呂に入っていったおばあちゃんも、みんな同じ『女』よ」
 マユは、マリの後ろから鏡の中のマリに向かって言った。マユもまた、浴衣を脱ぎ、日に焼けた部分と水着の跡とがきれいなコントラストを描く、豊かな体を見せていた。
 「そりゃ、色も違うし、体つきも全然違う。顔も違うし、みんな同じ人なんてそれこそ双子ぐらい・・・って私たちも双子か、はは。でも、みんなそれぞれ、人にはない何か、すごくいい所を持ってる、私はそう思うんだ。私は、マリちゃんが羨ましいよ。すごく女らしい、やさしい感じで、私が男の子だったら、きっとこういう人を好きになるんだろうな、って思うんだ。だから、もっと自信を持とうよ」
 マユの言葉に、マリは、
 「・・・うん、そうだよね」と答えるのが精一杯だった。



2.ひとりじゃない



 20日。ややうす曇ではあったが、まずまずの天気。
 午前10時から、撮影は始まった。
 「そしたら、始めよかぁ。お母様、マユちゃんのお洋服、持っててあげてくださいねぇ。そうそう、写らないよう、ちょっとだけ下がって。わぁ、マユちゃん、すごいおっぱいやなぁ。もうお姉ちゃんや。最高やね。」
 純子が、口に手を当ててそう言った。その視線の先には、今まさに羽衣を脱ぎ捨てた、穢れのない天使の姿があった。
 「マユちゃん、綺麗・・・」
 純子の斜め後ろからその様子を見ていたマリは、目の前のマユの姿に、思わずため息をついた。
 人間の体が、それも、普段一緒にいる身近な存在の裸が、これほどまでに美しいものであった、ということが、まず意外だった。
 「綺麗やろ?それはな、今はあんまり顔出してへんけど、お天道さんの照らしてる下やからやわ。うちが、お外でのヌードにこだわってるんも、こないに綺麗になるからなんやわ」
 純子は、カメラのファインダーを覗き込みながら、マリにそう言った。そして、
 「もちろん、マリちゃんもきっと綺麗やろなぁ」と続けるのを忘れなかった。
 純子は、過去の経験から、マリを説得するには、とにかく何度もおだてて、乗せていく以外にない、と考えていた。
 特に、純子には、マリはマユにコンプレックスを持っているように見えていたため、マユのいいところばかりを強調して、マリの自信を揺らがせるようなことにはしてはならない、と感じていた。
 しかし、一方で、ファインダーの向こうにいるマユの気持ちを高ぶらせるためには、マユが時折見せる「女」の部分を強調してやるべきだ、とも思っていた。
 マユは喜怒哀楽をストレートに表現する少女である。また、マユはどうやら自分が「女」である、というアイデンティティに目覚め始めている。
 そんなマユに、下手に「元気そう」とか「すごい日焼けやな」とか言わないほうがよい。逆に、胸の大きさや表情、仕草などを捉えて「女」を強調してやらなければ、と考えていた。
 「えらい矛盾やなぁ。でも、バランスよくやっていくしかあらへんなぁ・・・」
 純子は、そうつぶやいた。
 「マユちゃん、そしたら、そこで座ってくれるぅ?そうそう、お嬢さん座りや。まぁ、綺麗なお花みたいやなぁ。そこでおっぱいをこっちに向けて、胸張って、うわぁ、こりゃほんまに中1の女の子かいなぁ」
 純子は、そこまで大きな声で言うと、中腰になってファインダーを覗き込んだ。そして、
 「マユちゃん、ひまわりみたいやな。せやけど、マリちゃんなら、きっと可憐な百合の花やろな。うち、百合の花も撮ってみたいなぁ・・・」と、後ろに佇むマリに言葉をかけるのも忘れなかった。
 純子は、ファインダーを外し、さりげなく横目でマリの方を見遣った。
 マリは真っ赤な顔でうつむいていた。しかし、その口元は緩んでいた。
 「よし、この線できっと何とかなるやろ」
 純子はそう思いながら、再びファインダーの先のマユに視線を向けた。
 「じゃあ、撮るよぉ」


3.気分爽快



 マユは、自分が舞い上がっているのを、はっきり自覚していた。
 「何でだろう・・・。何だか分からないけど、私、変な感じになってる」
 斜め前の方に、自分の服を持って、こっちを心配そうに見ている母親の姿が見えた。
 それより更に奥に、大きなカメラを構える純子と、荷物を抱え、向こうを向いている純子の弟子たち、そしてその後ろに立っているマリがいる。
 でも、マユの近くには、誰もいない。
 周りは、どこまでも続く砂の山。
 そして、マユは生まれたままの姿で、その中心に一人座っている。
 「綺麗なお花みたいやなぁ」
 純子の声が遠くから聞こえてくるが、時折吹く突風に遮られ、あまりよく聞こえない。それでも、自分のことを褒めてくれている、というのは分かった。
 実際、純子とマユとの間の距離は、それほど遠いわけはなかった。しかし、マユは自分がずいぶん離れたところにいるように感じられた。
 「砂の眩しさ、風の気持ちよさ、すごい、私、体全部で感じてる・・・」
 マユは、完全に自分の世界に入ってしまっていた。
 服を脱ぐ前は、不安に押しつぶされそうだった。それでも脱ぐことができたのは、自分が躊躇していたら、マリがもっと不安になる、と思っていたからだった。
 つまり、最初は「仕方なく」という感情の方が大きかったわけである。
 ところが、純子に指示されるまま、裸のままでポーズを変えていくにしたがって、何ともいえない「気持ちよさ」を感じるようになっていたのだ。
 視界に入ってくる人たちは、皆、しっかり服を着ているのに、マユは一人、全てを曝している。普通なら、そう考えただけで、不安と恐怖に包まれるはず・・・。マユは、この状況で悦に入っている自分の感覚が、不思議でならなかった。
 それから、マユにとってもう一つ、不思議なことがあった。
 「そうや、大きなおっぱいを、こっち向けで」
 純子がそうやって指示を出してくる時、「おっぱい」というフレーズが出てくるたびに、マユは、自分の胸が高鳴っていくのを感じていた。
 今まで平気で使っていた「おっぱい」という言葉に、恥じらいを感じていたのだ。
 「何だか、恥ずかしいよ・・・。それに、何だかだんだん、体が熱くなってきた。砂漠みたいな場所だから?何だろう、気になるなぁ・・・。けど、気持ちいい・・・」
 マユは、明らかに感じていた。
 「うわ、マユちゃんのこんな表情、初めて見たわぁ・・・。最高やわ。この『作品』は、今までで一番の傑作になるで」
 純子は、マユの表情の変化に気づいた。それは、少女と女の、ちょうど境目にいるマユが、ヌードを撮影されることによって、自らの「女」の部分を発露させようとしている、その戸惑いと高揚感から生じている表情である、ということも、純子は感じていた。
 「まさか、ここまで『モデル』向きの子やったとは、思えへんかったなぁ・・・」
 マユの変化は、ある程度、純子がわざと煽っていたところがある。純子は、そうすることで、少女の中の「女」が呼び起こされることを知っていた。しかし、マユの場合は、彼女の予想を遥かに上回る「大変化」を見せていた。
 純子は、マユという少女が、実はとても面白い「モデル」であった、という発見に興奮しきっていた。
 その後方では、マリがマユの「別の顔」に釘付けになっていた。

4.世界に一つだけの花



 マリは、目の前の光景に、ただ息を呑むばかりだった。
 いつも元気で、明るくて、突拍子もない行動を見せ、そして意外とお茶目な、そんなマユとは違う、豊満で、艶やかで、そして優美な一人の「女」が、そこにはいた。
 「マユちゃん、本当にマユちゃんなの?すごいよ・・・。こんなになるんだ」
 思わず、マリはそうつぶやいていた。
 「マリちゃんも、変わるんちゃうかなぁ?」
 マリのそんなつぶやきを、純子は聞き逃さなかった。
 「マリちゃんは、マユちゃんより、色も白うて、髪も長くて綺麗な黒髪、まるでお人形さんみたいやろ?きっと、カメラの前では、いい顔を見せてくれるんちゃうやろか?」
 優しくそう語りかける純子に、マリは自らの不安を吐露した。
 「私、マユちゃんみたいに、胸も大きくないし、顔も可愛くないですよ。それでもいいんですか?」
 純子は、自分を真っ直ぐ見つめるマリの目を、優しく包み込むような表情で見つめかえしながら、
 「さっき、マユちゃんをひまわり、マリちゃんを百合の花、言うたやろ?」と言った。
 「はい、そんな風に見てくれて、恥ずかしかったけど、嬉しかったです」
 マリはそう言って、はにかんだ笑顔を見せた。
 「お世辞とちゃうよ。ほんまにそう思たんやわ。ええか、マリちゃん。お花には色々なお花があるやろ?ひまわりも、百合の花も、全然違うお花やけど、どっちも綺麗なお花や。百合はひまわりになる必要はあらへん。百合は百合のまんまが、一番ええのんや。マリちゃんは、マユちゃんとは違う。だから、マリちゃんにはマリちゃんらしい可愛らしさ、ゆうモンがあるんやから、うちはそれを引き出して切り取りたいんやわ」
 純子は、そう言って笑った。
 「先生、それ、昨日マユちゃんに言われたことにそっくりです・・・」
 マリは、驚いたような表情で、純子の顔を見ながら言った。
 「へぇ、マユちゃん、そんなこと言うてたんや・・・。それも意外な一面やなぁ。いや、それは置いといて、マリちゃん、それ聞いてどう思った?そうやなぁ、って思わへんかった?思ったやろ?それは、マユちゃんの言うてはったことが、えらい真っ当なことやからや。マリちゃんはマリちゃん。だから、自分に自信を持ってたら、何でもできるんちゃうかなぁ?」
 純子は、マリにそう促しつつ、
 「それにしても、マユちゃんはほんまに面白い子や・・・。そして、このマリちゃんも、きっと今まで見せたことのない顔を見せてくれるはずや。こりゃあ、出来上がりが本格的に楽しみになってきよったわ」という思いを抱いていた。
 純子にそう言われて、マリは考え込んだ。もともと思慮深い性格なのだが、それにも増して思いを巡らせていた。
 確かに、マユや純子の言うとおりなのだ。それはマリが一番よく分かっていることであった。マユが「女の子って思われたい」と言うときはいつも、マリは心の中で「私だって、もっと元気な明るい子と思われたいよ」と叫んでいた。夏になると友達と毎日プールに行くマユの活発さが、うらやましくて仕方なかった。
 そんな時はいつも、自分に「私は私」と言い聞かせていた。マリはそんな少女だった。だから、言われていることは十分に理解していた。



5.裸のままで



 マユは相変わらず、自分の隠れた「女」の顔を垣間見せながら、カメラの前でポーズをとっていた。
 「マユちゃん、そしたら、そこに横向けに寝そべってくれるぅ?そうや、そうそう。そんなら、うちがぐるっとマユちゃんの周りを回って写真撮るさかい、呼んだらこっち向いてぇや」
 純子に指示されたとおり、マユは砂の上に横になった。その豊かな胸の先が、日に焼けた砂に触れたとき、マユの体に衝撃が走った。
 「あっ!」
 「マユちゃん、大丈夫?」
 マユが突然声を上げたため、純子は反射的に声をかけていた。
 「・・・あ、全然、大丈夫です、何でもないです」
 マユはそう言って首を横に大きく振った。
 本当は、何でもなくはなかった。乳房が熱い砂に触れた瞬間、砂の温度が乳房全体に広がっていき、それが全身を駆け巡るような感覚になったのだ。まるで、弱い電流に感電したかのようであった。
 「やっぱり、私、変だよ・・・。緊張してるのかなぁ?でも、すごく気持ちいいんだよなぁ・・・。リラックスできてるはずなんだけど、何か、体が敏感になってるみたい」
 そう思いながらも、マユは、無意識のうちに時折体をくねらせてみたり、純子のカメラを上目遣いで見つめていたりと、確実に「女」に目覚めていたのだった。
 「うわ、これ本当に、あのぴょんぴょん飛び跳ねてた小ちゃい女の子かいな?すごいなぁ、体もむちむちしてるし、顔隠したらまるっきり大人の女やないか・・・」
 純子は、マユの変化に驚きながら、マユの体の正面側へ回りこんでいった。その動きを見て、そして、純子の押すシャッターの音を聞いていると、マユはますます気持ちが高ぶってくるのを感じた。砂の熱さ、風の気持ちよさ、純子の視線、裸の自分、そんな、自分を取り巻く全ての要素が、マユを感じさせていた。
 やがて、無意識のうちに、マユは地面についていないほうの足を少しずつ上げていた。
 そんな様子を見て、純子は、
 「マユちゃん、かなり危うい子やな。ほんまに少女から女に変わる、バランスを崩しやすい時期やけど、ここまで表に出てくる子も珍しいわ。まったく、うちも気いつけとかんとな。あくまで、ここでうちが撮ってるんは『少女』なんやから」と心の中でつぶやいていた。
 マユは、気持ちよさそうに、そっと瞳を閉じた。
 相変わらず、風の音が聞こえてくる。砂の熱さも感じている。目で周りを感じられない分、体全体で、砂丘を感じている。
 「あぁ、気持ちいい・・・」
 いつしか、マユは夢の中に入っていた。
 「マユちゃん!マユちゃんて・・・。あらら、寝てまったわ。やっと晴れ間が見えてきたゆうのに・・・」
 純子は、途方に暮れてしまった。そして、
 「何や、やっぱり子どもやない」とつぶやいていた。



6.熱き鼓動の果て



 「先生、私、やります」
 突然、マリが声をあげた。マユが眠ってしまい、途方に暮れていた純子にとって、それは待ちに待った回答だった。
 「そうか、決めてくれたんやな。いやぁ、うちは幸せやなぁ。ほんま、おおきに、おおきに」
 これで、今回の「作品」は思い描いたとおり、完璧に仕上げられる。純子はそう思っていた。
 マリは、さっきまでのためらいはどこへ行ってしまったのか、と思えるほど速やかに自ら服を脱ぎ、そのシャツを眠ってしまったマユにそっと掛けた。
 「こっちは、ほんまにイメージどおりってとこか」
 マリの細く伸びやかな裸身が、やっと顔を見せた太陽に照らされて、その輝きを増していた。
 「体はまだ全然成熟してへんけど、中身はしっかりした大人や。ほんま、マユちゃんとは好対照やねぇ。これだけ色がはっきりしていれば、2人並んでもそれぞれが主張しあって、相乗効果が出るゆうモンやわ。いやいや、うちはほんに幸運を掴んでるのやなぁ」
 純子は、マリを撮影しながら、そう思っていた。
 一方、マリは、目の前で純子がシャッターを押し続けているのを、どちらかというと他人事のように見ていた。
 「先生は撮影の間、お弟子さんたちを向こうに向かせてるし、周りは誰もいない、私を見ているのは先生とお母さんだけ・・・。撮った後、写真をどうするか、って考えると、頭の中がこんがらがっちゃうけど、今はそんなこと考えずに、ただ目の前のカメラだけを見ていよう。それだけなら、私も緊張しないでいられそうだから」
 もちろん、本質的に恥ずかしいことには変わりはない。その証拠に、マリの足はマユとは異なり、どんなに撮影が進んでもぴったりと閉じられたままであった。
 マユは、撮影にある種のエクスタシーを感じていた。しかし、マリにはそれはなかった。頭の中では、どうしても不安や緊張を消し去れずにいたのである。
 理性が邪魔をして、本能の赴くままに動けない、そんな感じだろうか。
 純子は、マリの気持ちは痛いほど分かっているつもりだった。だからこそ、マリの撮影は慎重になっていた。マリの悲壮な決意まで、カメラが切り取ってしまわないよう、表情の変化に気を配っていたのである。
 しかし、そんな気配りは不要だったのかもしれない。
 「マリちゃんは、きっと無意識のうちに『モデル』に徹しようとしてるのやろなぁ」
 純子の目には、マリの心の奥底に潜めているはずの悲壮感は、これっぽっちも映らなかったのである。当然ながら、それをシャッターで切り取ることもなかった。
 マリの表情は、傍目には「演技」には見えない。
 しかし、心の中では、常に不安や緊張を持って、撮影に臨んでいるのだ。
 なのに、純子たちに見せる笑顔は、決して作られた笑顔ではない。その裏に不安を読み取ることはできないのである。
 「これもこれで、本番に強い『モデル』向きの性格いえるなぁ。タイプは全然違うとるけど、2人とも、今まで会った中でいちばんや」
 純子は、そう思いながら、ファインダーを覗き、シャッターを切り続けた。

7.世界でいちばん熱い夏



 昼ごろから、砂丘は素晴らしい天気に恵まれていた。
 マユが目を覚ますのを待って、撮影隊は食事休憩を取った。
 「それにしても、砂丘ってやっぱり暑いね」
 マユは、弁当のおにぎりを頬張りながら、そう言った。
 「周りに誰もいないんだから、撮影の番じゃなくても裸でいようかな?」
 いたずらっぽく話すマユに、マリが、
 「冗談はやめてよ。見ているこっちが恥ずかしくなるじゃない」と言い返した。
 しかし、そう言うマリの表情は、明るかった。
 その様子を見ながら、純子は作品の出来がこれまでになく素晴らしいものになることを確信していた。
 「鳥取まで来た甲斐があったわぁ。はじめは2、3日で何が撮れるやろ、失敗したらどないしよ、など後ろ向きにしか考えられへんかったけど、天気もええし、『モデル』は素晴らしいし、想像以上にいい作品に仕上げられそうやわぁ」
 純子は上機嫌な様子で、水筒の麦茶を口に含んだ。
 「さあ、ごはんが終わって、ちょっと休んだら、いよいよマユちゃんとマリちゃんの2人揃っての撮影も始めたろか」
 その言葉に、真っ先に反応したのはマユだった。
 「2人揃って、って、マリちゃんと並んでポーズとればいいんですか?」
 「まぁ、そんなカットも考えてるし、別々に撮るんも考えてるんやわ。揃って撮影、って何も必ず一枚の絵に収まらへんかってええ思う。どっちかが枠の外におって、撮られてる方といつものように話したりしたら、撮られてる方はいつもどおりの表情が出せる、そんなことも考えてるんやわ」
 純子は、マユの問いかけにそう答えた。
 ペアの「モデル」の使い方については、純子にはある確信があった。「モデル」をペアにするのは、決してペアの写真を撮るためだけではなく、ペアで同行することで、一人ひとりの撮影にもプラスの影響を与えることができる、というのが、純子がペアにこだわった理由だった。
 「どっちにしても、私はマユちゃんと一緒にできるのがうれしいです」
 マリはそう言って、純子に笑いかけた。
 その笑顔を見て、マユは心から安堵した。
 「マリちゃん、あんなに楽しそうにしてる。本当によかった」
 自分が寝ている間に、マリの撮影が始まっていたことを知って、マユはマリの様子が気になっていた。
 「マリちゃんの番になったら、私が一緒についていてあげよう、って思ってたのに、自分だけ気持ちよくなって寝ちゃうなんて・・・。起きたらもうマリちゃんの番が始まった後だったし、大丈夫だったのかなぁ、って気になってたけど、マリちゃんも笑ってるし、きっと大丈夫だったんだね。これで、やっと一緒に撮影ができるんだね、マリちゃん」
 マユは、そう思いながら、その愛くるしい顔を緩め、マリの顔を見ていた。
 「マユちゃん、どうしたの?私の顔に何か付いてるの?」
 マユの視線に気づいたマリが、そう尋ねてきた。
 「ううん、何でもないよ。気にしないで。あ、でも、顎の『お弁当』は、取っておいた方がいいかもね」
 マユはそう言って微笑んだ。マリは、怪訝そうな表情で右手を顎に当てた。
 「あ!ごはん粒がついてる!ひどぉい、何で今まで教えてくれなかったのよ」
 マリはマユに向かって笑いながら、指についた米粒を口に運んだ。




第三章「羽化」
※第三章までやっと仕上がりました。うまく話をまとめられず、思ったよりも時間がかかってしまいました・・・。
なお、この作品は全くのフィクションです。特に、設定等に大幅な独自解釈を加えてありますので、違和感を感じる方も多いと思いますが、あくまでも「小説」ということでご理解くださいますようお願いいたします。

1.真夏の果実



 2日目は、あいにくの曇り空から始まった。
 「まぁ、しゃあないなぁ・・・。金曜日に登校日がある、ゆうんやし、明日にはもう帰らなあかんさかいな、雨が降らへんよう、祈るのみやな」
 雲が低く立ち込める空を見上げながら、純子はそうつぶやいていた。
 雨が降ることで、純子の機材に影響が出る、というのはもちろんのこと、マユとマリの髪の毛が濡れ、べったりと顔に付着して見苦しくなったり、足元の砂地が水分を含んで、寝そべったポーズを取れなくなるといった「モデル」への影響や、自らの考える作品世界との隔たりなど、様々な懸念が純子にはあった。
 「それじゃあ、今日は昨日の続きで、2人背中合わせになって、手をつないで・・・」
 心配を隠し、昨日と同じように、純子の指示が砂丘に響き渡った。もっとも、実際には、砂を巻き上げる風のせいで、ほんの数メートル先までしか、その声は届かなかったのだが。
 「マリちゃん」
 背中合わせになりながら、マユは視線を変えずに後方のマリに話しかけた。
 「何?」
 マリはやや小首を傾げ、後ろにいるマユに視線を送ろうとしたが、その視界にはマユは入ってこなかった。手を離し、体ごと横を向けば、見ることはできたのだが、自分は「モデル」として、純子の指示以外の体勢を取ってはいけないのだ、という思いが、そうさせてくれなかった。
 「マリちゃんって、思っていたより柔らかいんだね」
 マユは、小刻みに自らの臀部をマリに当てながら、それでも視線はマリの反対方向から動かさずに、そう言って笑った。
 「もう、マユちゃんの意地悪」
 マリは、そう言いつつも、満更でもない気分だった。
 マユのお尻の感触は、マリにとっては予想通りであった。柔らかく、あったかい。それは、マユのぽっちゃりとした全身を見れば容易に想像がつくものだ。そこから考えれば、自分のそれは、きっと固くて、魅力的ではない、マリはそう思っていたところだったのだ。
 「意地悪じゃないよ。本当にそう思ったの。いい体してるねぇ、って」
 「もう、そんな言い方、どこで覚えたのよ」
 マリは「いい体」と言われて内心嬉しかったが、それはマユが痩せている自分に気を遣って言ってくれたのだ、と思っていた。
 けれど確かに、それはマユの本心だった。
 自分には、確かにこの歳にしては立派な乳房がある。しかし、活発に外で走り回ることが好きだったマユにとって、この胸は邪魔なものでしかなかった。
 「去年の運動会のときは、本当にそう思ってたよなぁ」
 既に、小学6年生の夏ごろから、マユの胸は爆発的な成長を始めていた。日に日に肥大していく自分の胸を見て、それからあまり大きくなっていかないマリの胸を見比べると、あれぐらいだったらもっと走り易いのに、と思えて仕方なかった。
 鳥取に来て、「モデル」になってからは、純子はマユの胸を思い切り褒めてくれた。もぎたての果物みたいに、瑞々しくて、柔らかそうで、魅力的だ、と。そんな言葉は嬉しかったのだが、相変わらずマユにとっての理想の体型は、マリのそれだったのだ。
 「いやぁ、それにしても本当に、いい体ねぇ」
 つないでいた手を外して、マユはマリの臀部を撫でながら言った。
 「あ!勝手に手を離して・・・。もう怒った!マユちゃんこそ、女らしい、いい体じゃない」
 そう言うが早いか、マリはマユの背後から両胸に手を回し、軽く揉む仕草をした。
 「こらこら、2人とも、遊ぶのは後にせぇへん?時間もないんやし・・・」
 ふざけあう2人に苦笑しながら、純子はただそう言うだけだった。

2.雨



 間もなく昼の休憩、という頃に、ついに雨が落ちてきた。
 「とうとう来よったか・・・。ここまで順調やったのに。まぁ、ちょうどお昼やし、休憩にしよか。通り雨やったら、午後にはまた撮影できるやろし、ひとまず食事にしよ」
 純子はそう言って、撮影を一時中断しようとした。彼女の弟子が、濡れた機材を拭くための布を抱え、純子のそばまでやってきた。マユとマリの母も、2人の体を拭くバスタオルを、バッグから取り出そうとしていた。
 「マリちゃん、このままちょっとだけ、海で遊んじゃおうか?」
 純子の「休憩宣言」を聞いたマユが、すぐさまマリを誘った。
 「そうね、こんな経験、滅多にできないし」
 マリは、そう言って大きく息を吸い込むと、マユに目で合図を送った。その合図を受けたマユは、小さく身を屈め、
 「せぇの」と言って、大きく手拍子を打った。
 純子たち、その場にいた大人は、突然聞こえてきた「パチン」という音に驚き、その聞こえてきた方を見た。すると、そこには、海に向かって一目散に走っていく、2人の裸の少女がいた。
 「あの子たち、元気やなぁ」
 純子は、半ばあきれながら、マユとマリを見ていた。2人のもといた場所では、その母がバスタオルを抱えながら、心配そうに海を見ていた。
 波打ち際に先に着いたのはマユだった。そのまま倒れこむように波に向かって行き、次の瞬間には、頭からつま先まで全部波に洗われていた。
 「気持ちいい!」
 濡れた前髪を両手で掻き分けながら、マユは大きな声で叫んでいた。
 マリも遅ればせながら、ばしゃばしゃと足音をたて、海の中へ入っていった。
 波打ち際で、何も身に着けていない体をずぶ濡れにしながら、水を掛け合ってはしゃぐ2人の少女。その姿を見て、純子は不意に、
 「カメラはまだしまわんといて」と、弟子に伝えたかと思うと、そのカメラを抱え、マユとマリの方へと走り出していた。
 「あの子たち、ええ顔してるわ。髪が濡れてしもうて、『作品』には使えへんけど、この顔は逃せへんわ」
 純子は、そうつぶやきながら、カメラを2人に向け、ファインダーを覗いた。
 写真家としての「本能」がそうさせたのだろう。
 「マリちゃんは、髪が長いから、首筋にべったりくっついてもうたな。マユちゃんも、さすがに首筋にはついてへんけど、それでも頭から海に突っ込んでびしょびしょや。こんなん『作品』には絶対にでけへん。でも、どうしても、この表情は撮らへんかったらもったいない。今まででピカイチの笑顔やもん」
 純子は、波と戯れる2人の若い娘を、ファインダー越しに眺めながら、そう思っていた。
 「本降りになったら、車まで戻るんやでぇ!」
 純子が2人にそう叫んだちょうどその時、雨足が強くなってきた。
 「マユちゃん、雨、強くなってきたね」
 「もう濡れてるから、関係ないよね」
 マユとマリは、笑いながらそう言っていた。
 純子とその弟子、そして母は、慌てて車に入っていった。そんな様子を横目で見ながら、
 「服着てたら濡れちゃうから、かわいそうだね」と、2人は口を合わせて言っていた。
 「早う戻りぃ、いくら何でも風邪引くわぁ」
 純子は、そんな2人に向かって手を振りながら、そう叫んでいた。



3.晴れたらいいね

 車に乗り込んだ撮影隊の一行は、とりあえず宿に戻った。
 海水に濡れた髪を風呂で洗い流すのと、完全に乾かすためである。
 もちろん、裸のままで宿に入ることはできないため、2人は車の中で体を拭き、それぞれの服に着替えていた。
 「あぁあ、もっと裸で遊んでいたかったのになぁ」
 マユはそう言って、頬を膨らませていた。
 「本当、今回の旅行で、一番楽しかったね」
 マリは、マユに笑いかけながら、そう言った。
 「旅行は旅行でも、うちらは『撮影旅行』で来てるのや。こんな天気やったら、その目的が果たせないまま、お開きになってまうやない。何とか、雨上がってくれへんやろかぁ」
 無邪気に話す2人を横目に、純子は車の窓越しに空を見ていた。しかし、鳥取の空は、雲が低く立ちこめ、窓を突くように降り続く雨は、一向に止みそうもなかった。
 純子にとって気がかりなのは、ここまでスケジュールが押し気味で、予定していた半分ほどしか、撮影ができていなかったことだった。
 「あまりにも2人が理想的過ぎて、全体の進み具合までよう考えてへんかったわ」
 実際、対照的ながら、どちらも「モデル」としては超のつく優良被写体であった。思いもかけないマユの「女」としての顔も見ることができたし、葛藤を乗り越えたマリの姿も素晴らしかった。それに満足しすぎて、撮影したカット数があまりにも少ない、ということに気づいていなかったのだ。
 「恨めしいなぁ、何とか回復してくれへんやろか・・・」
 純子には、ただ雨の降り続く空を見上げ、そう祈るしかできなかった。
 その時、突然、マユが純子に、
 「先生、これで終わりじゃ、残念だよね?晴れるといいですね」と言った。
 「何か、私たちがいろいろと遊んじゃって、撮影が遅れてるんじゃないですか?だとしたらごめんなさい。続きができるように、雨が止んでほしいです」
 マリもマユの横で、同じように晴れを願い、純子をねぎらう言葉を伝えた。
 「何言ってるんや。『モデル』は写真家の気を遣わんでもええんや。むしろ、うちがマユちゃん、マリちゃんの疲れをいたわってやらなあかんところやわ」
 純子は、マユとマリにそう言いながら、にっこりと笑った。けれども、その目からは一筋の涙が流れていた。
 「あら、何やろ、ごめんね、何や、目にゴミが入ったみたいやわ・・・」
 そう言って、純子は懸命に取り繕っていた。「モデル」に自らの苦労をいたわるような優しい言葉をかけてもらうなんて、思ってもみなかったことであった。
 過去にも、撮影を感謝されたことはあった。それに対しては、純子はいくらか斜に構えていたところがあった。
 「可愛らしお嬢ちゃんを、可愛らしく撮れただけですわ」
 感謝の意を表す「モデル」の保護者には、必ずそう言葉を添えていた。それはまるで、自分でなくともいい作品をつくることができた、というような感じであった。もちろん、純子としては、「モデル」がよかったから、自分もいい作品を仕上げられた、という思いがあり、だからこそ、そういう物言いになってしまっていたのだ。
 だが、この日は違った。自らが自信を持って「最高のモデル」と言える存在に巡り会い、その「モデル」を撮影できる喜び、そして、自然現象にそれを邪魔されたことによる悔しさ、それらが「素直な感情」として、純子に湧き上がっていた。
 そのうえで、その「モデル」に労をねぎらってもらえたことが、純子には何よりも嬉しかった。そして、その感情は、涙という形でいつになく素直に表現されたのだ。
 「ほんま、晴れたらええなぁ・・・」
 そうつぶやく純子の声は、水溜りを走り抜けるタイヤが上げた水しぶきの音に、すっかり掻き消されていた。
4.裸足の女神



 昼過ぎに強くなった雨足は、それから1時間もたたないうちに小さくなっていった。
 雲行きは怪しいものの、午後2時過ぎには、何とか撮影ができそうな天候に変わっていた。
 「あっちゃあ、砂が濡れて、これじゃあほとんど『泥』やねぇ・・・」
 現場に戻るなり、純子は黒く濡れた地面を指で押しながらそう言った。純子の指には、水分を含んでずっしりと重くなった砂が、粘土のように絡み付いていた。
 「とりあえず、サンダル用意しといてよかったわぁ。靴やったら、中がドロドロになってたとこや。そしたら、マユちゃん、マリちゃんのせっかくの可愛らしお靴が台無しやったわ」
 靴に砂が入り込んでも、払い落とせばすぐに履ける。しかし、水気を多く含んだ土で汚れてしまったら台無しである。だから、靴を履く前に、足を十分に洗わなければならない。
 けれども、当然ながら、砂丘にはそんな設備はない。必然的に、乗ってきた車に戻って、ポリタンクの水で洗うことになる。撮影場所から車が近ければいいが、起伏の激しい砂丘の中心部には、もちろん車は入ることができないため、相当な距離を靴なしで歩かせなければならない。純子はそれを気にしていた。
 サンダルは、たまたま純子が持ってきていた、どこにでもありそうな安物だった。残暑の厳しい時期ということもあり、撮影中にあまりにも暑く、靴の中が蒸れてしまったら、それを履いて撮影を続けるつもりだったのだ。だから、サンダルは1足しかなかった。
 「さて、問題は、2人いっぺんに撮影に出られへん、ゆうことやな。まぁ、しゃあないか。車を基地に、交互に撮影したらええんやし」
 純子はそう言って、車の中で服を脱ぎ、バスローブを身にまとった2人に声をかけた。
 「そしたら、まずマユちゃんから、先にいこか」
 マユは、そう言われると、ドアの下に揃えられたサンダルを引っ掛け、砂丘に再び降り立った。
 「うわ、本当に、地面がさっきまでと全然違う」
 マユが歩くたびに、その踏み込んだ地面が、大きな塊になって外に転がっていく。サンダルがなかったら、もうすぐにでも、足は真っ黒だっただろう。
 バスローブにサンダル履きという、砂丘という場にそぐわない奇妙な出で立ちのマユは、純子とその弟子の後について、黒ずんだ丘を登っていった。
 母は、車に残されたマリの相手をするために、同行することができなかった。
 「さぁ、ここらへんで撮ろか。そしたら、巾着をマユちゃんに渡してきてや」
 純子は、カメラを構えながら、弟子にそう指示を出した。弟子は、巾着袋を荷物から取り出すと、砂丘の斜面に立つマユのところへ歩いていった。
 「巾着渡したら、そのまま戻ってきいや!」
 純子は、弟子に向かって慌ててそう付け加えた。弟子は、言われたとおりに、マユに巾着袋を渡すとそのまま向きを変え、純子の下へ戻った。
 「マユちゃん、そんなら、巾着の中から布を出して、ガウンを脱いだらその巾着に丸めて、その奥の方に放ってな」
 マユは、巾着袋の中から花柄の布を取り出して、広げてみた。布は体全体を包み込めるほどに大きく、そして薄くて柔らかかった。
 「さて、これをあっちに投げればいいのね」
 マユは着ていたバスローブを脱ぎ、巾着袋に詰めてから、それを放り投げるために、奥の方へ10歩ほど歩いて、そして力いっぱい投げた。巾着袋は数メートル先まで飛んでいった。
 「伊達に『ハンドボール投げ』クラストップじゃないわよ!」
 マユは、そう得意げに言いながら、撮影のために純子に指示された場所へ歩いていた。
 「マユちゃん!サンダル!」
 純子の叫ぶ声に、マユははっと我に返った。足元を見ると、可愛げのない地味なサンダルが、まだ自分の足に被さっていた。
 「ごめんなさい!今すぐ脱ぎます!」
 マユは、照れ臭そうに片目をつぶり、舌を出しながらそう言うと、もとの場所の方へ歩いていき、サンダルを脱いで、裸足になった。


5.こんなにそばにいるのに

 マユの撮影が始まって、30分もたたないうちに、雨粒が再び落ちてきた。
 「やはりあかんか・・・。雲も全然切れそうにあらへんし、もうずっと降ったり止んだりやろな。残念やけど、これでしまいやな」
 純子は、どんよりとした空を恨めしそうに見上げながら、そうつぶやいた。
 ここで撮影するカットが少なくなると、純子の頭の中で思い描いているストーリーに沿った写真を組めなくなる。そう簡単には鳥取に来ることができない状況では、ここでのロケ中止は、純子にとってまさに断腸の思いであった。
 スケジュール的には、来年の夏に再び訪れるだけの時間はあるにはある。しかし、その時に連れてくる「モデル」であるマユとマリは、今日この瞬間のマユとマリではない。より「女」に近づいた存在であり、今回のカットと並べてしまえば、別の時期を切り取ったものだということが明白になってしまうだろう。
 だからこそ、今日までに砂丘ロケにイメージしている全てのカットを撮影しておきたかったのだ。
 「マユちゃん、お疲れさま。どうだった?って、何、その足?すごく汚れてるよ」
 車に戻ったマユを出迎えたマリは、マユの足元を見て驚いた。
 「地面が砂じゃなくて土になっててさぁ・・・。サンダル履いてる間はいいんだけど、撮影が始まったら裸足でしょ。ちょっと歩いただけでこんなよ」
 マユは車のボンネットにちょこんと腰掛けると、足をマリの方に突き出した。母が、持っていたポリタンクの口を開け、その足についた土を洗い流すために、水を掛けていった。
 「あぁ、さっぱりする。ありがとう、お母さん」
 マユはそう言って微笑むと、バスローブの前をはだけ、その裾を使って、ボンネットの上で、体育座りのような格好で足を拭き始めた。その柔らかく白い、大きな胸が露わになっていた。
 撤収作業のために、その場所には当然ながら、純子の弟子たちもいた。しかし、マユはそんな彼らの目を気にすることもなく、まるでそれが自然な形であるかのように振る舞っていたのである。
 「あんたら、乙女の身だしなみは、じぃっと見たらあかんでぇ」
 純子は、マユの様子に気づくと、弟子たちにそう叫んでいた。しかし、弟子はそう言われるまでもなく、不自然なまでにマユのいる方から視線をそらしていた。
 その様子を、マユは他人事のように眺めていた。
 「あの人たち、無理して顔を背けてるけど、きっと本当は私の裸を見たいんだろうなぁ。そんな気がする。でも、どうして男の人って、女の子の裸を見たがるんだろう?私は、男の人の裸なんて見たくないのになぁ。男と女の違いって、何なんだろう?」
 マユは、そんな疑問を頭に浮かべながら、足を拭き続けた。異性の思考に対する疑問、というのは、異性への本能的な興味の現われだろう。真っ黒になるまで日焼けした肌も、ほとんど気にすることがなかったマユだったが、徐々にではあったが、身も心も大人の女性に近づいていっているようであった。
 一方、マリは、マユが足を拭いているのを、フロントガラス越しに見ながら、車の中で服に着替えていた。
 「・・・何だろう、さっきから、お腹の下の方が何となく痛いような気がする」
 着替えながら、マリは自らの体に起こった「異変」に気づき始めていた。
 「雨の中、裸で水遊びなんかしちゃったから、お腹壊しちゃっちゃったのかなぁ・・・」
 すっかり衣服に覆われた腹部をさすりながら、マリはそう思っていた。もしそれが本当なら、自分だけでなく、一緒に遊んでいたマユも、体調を崩してしまうかも、という不安がよぎっていた。
 「マユちゃん!いつまでもそんな格好でいたら、風邪引いちゃうよ!早く車に入りなよ」
 マリは、窓から顔を出し、マユを心から心配するように、そう叫んでいた。
6.夏の終わり



 「昨日の夕方はすごく暑かったのに、今日は涼しいなぁ」
 部屋に入るなり、マユはそう思った。この部屋は、西日を直接受ける位置だったため、天気のよかった前日は、蒸し焼きにされるような暑さだったのだが、午後から太陽が全く顔を出さなかったこの日は、そんな暑さが嘘だったかのようにひんやりとしていた。
 窓の外には、黒々とした防砂林が見えていた。この奥に、さらに広大な砂丘が広がり、その向こうには、それを遥かに上回る広さの海があるのだが、よく見えなかった。日没までまだ相当な時間があるはずだったが、空いっぱいに低くかかる雲のせいで、すでに辺りは薄暗くなっていた。
 「マリちゃん、どうしたんだろう・・・?」
 マユは、そう言って、誰もいない部屋を見渡していた。
 宿に戻ってきた後、すぐにロビーの近くのトイレに入ったマリは、それからしばらくの間、出てこなかった。母親が心配して様子を見に行ったのだが、母は、マユには先に部屋に行くように言っていたのだった。
 しばらくして、母とマリが部屋に戻ってきた。
 外はもう完全に暗くなっていた。窓を叩く雨粒の音が、軽快なリズムを刻んでいた。
 「マリちゃん、大丈夫?お腹痛いの?」
 マユは、マリの顔を見るなり、心配そうな顔でマリのもとへ走っていった。そんなマユを見て、マリは笑顔を見せた。しかし、その笑顔は明らかに作ったような、ぎこちないものであった。
 「・・・マユちゃん、私、マユちゃんより先に『大人』になっちゃったよ・・・」
 そう搾り出すように話すマリの言葉が、マユにはしばらく理解できなかった。
 「初潮が来たの・・・」
 マリは、うつむき気味にそうつぶやいた。それを聞いて、マユはようやく何が起こっているのかを理解した。
 「そっか・・・。よかったじゃない。おめでとう」
 マユは、精一杯の笑顔で、マリの「門出」を祝福した。しかし、内心は複雑な心境だった。
 「それにしても、私にはいつ初潮が来るんだろう?クラスの子たちは、誰も言わないけど、きっともう来てるんだろうなぁ。お手洗いに行くとき、みんなポシェット持って行くしなぁ・・・。私だけ、何だか取り残されたみたい」
 マユは、周りから「成長が遅い」とは思われていなかった。その胸の膨らみを見れば、誰だってそう思うはずである。だが、マユはまだ、月経が始まっていなかった。友達の間でそんな話をすることはなかったが、周りが徐々に「大人」になっていくのを、去年あたりから感じ始めていた。
 それでも、マユに切羽詰った感じがなかったのは、マリの存在があったからだった。同じ誕生日に、同じ両親から生まれたマリに生理が来れば、ほとんど同時に自分にもきっと来るはず。そう思っていた矢先の、マリの初潮だった。
 マリは、そんなマユの気持ちを察していた。マユの体が成長していく速さに、無意識とはいえコンプレックスを抱いていたマリである。双子の一方が自分より先に大人への階段を昇って行ってしまった、という複雑な思いは、誰よりもよく分かった。
 「そろそろマユちゃんの番だね・・・」
 気休めにもならない、ということは分かっていたが、それでもマリには、そう言う以外になかった。
 雨は相変わらず、この砂丘の町を洗い流すかのように降り続いていた。

7.朝日を見に行こうよ



 昨日あれだけ降っていた雨が、嘘のように止んでいた。
 マユは、ほとんど眠れなかった。
 マリの初潮を、心から祝福していたはずだった。しかし、なかなか寝付けなかった。内心、マリを妬んでもいた。そんな自分が、マユは悔しくて仕方なかったのだ。
 自他共に認める天真爛漫さが持ち味のマユが、これほどまでに真剣に悩むこと自体が、思春期に入った証なのかもしれないのだが、マユはそんなことには気づいていなかった。
 「顔でも洗ってこようかな・・・」
 そう思ったマユが、布団からゆっくりと抜け出て、部屋の出口の方へ這い出そうとしたその時、
 「マユちゃん、どこに行くの?」と、背後から不意に声が聞こえてきた。
 寝ていたはずのマリだった。
 「マリちゃん?ごめん、起こしちゃった?」
 マユはびっくりして、マリにそう話しかけた。マリはマユと同じように布団から這い出ると、マユの方に向かって来ながら、こう答えた。
 「ううん。ずっと起きてたの・・・。どうしても眠れなくって・・・」
 「・・・マリちゃんもなの?私も、何か眠れなくって、こんな時間になっちゃったんだ」
 マユはそう言うと、何かひらめいたような表情で、そばに来たマリの耳元に口を寄せ、
 「ねぇ、ちょっと『お散歩』しに行かない?」と笑って言った。
 なぜそんなことを言ったのか、マユ自身よく分からない。マリの声を聞いて、突然そんな気分になり、思わずそう口にしていたのだ。
 マリは一瞬戸惑ったような様子だったが、すぐに、
 「そうね。今朝は晴れてるみたいだし、綺麗なお日様が見られるかも。ぜひ行きたいわ」と、マユに答えた。
 宿の中は、もう朝の支度が始まっていた。忙しそうに動いている人たちの中を抜け、2人は宿の外に出た。空は澄みきって、小鳥たちがさえずり、まさに天気のいい朝そのものだった。地面に残る水溜りだけが、昨日の雨を偲ばせていた。
 2人はしばらく砂丘の方に歩いていた。
 「見て、マユちゃん、あっちに日が出てるよ」
 マリが指差す方を、マユも見ると、ちょうど今、背後の山の稜線から、太陽が顔をのぞかせた直後、「日の出」の瞬間だった。
 「綺麗・・・」
 マユは、まばゆいばかりの日の光に目を細めながら、そうつぶやいていた。朝日に照らされていくにつれ、周りの色が徐々にはっきりとしていった。
 「私たちは、こうやって毎日朝を迎えて、毎日成長しているんだ」
 マユの心には、もう一点の曇りもなかった。まるで今朝の青く澄み切った空のように。
 「ねぇ、マリちゃん」
 マユはいたずらっぽい笑顔で、マリに話しかけた。
 「月経って、やっぱり痛いものなの?こうやってる間も、ずっと血が出てるの?」
 そう直截的に聞かれて、マリは戸惑ったような表情を見せたが、すぐに笑顔になり、
 「もう、マユちゃんったら、そんなこと聞かないでよ」と言って、マユの背中を叩いた。
 「いたいよぉ、マリちゃん。ちょっと興味持っただけじゃない。保健の時間にさんざん脅されてきたから、すっごく心配になってきたの」
 マユはそう言って、自分の背中を叩いていたマリの手を取り、ぎゅっと握り締めた。
 「でも、今は大丈夫。きっともうすぐ私にも初潮は来るけど、何も不安なんてないよ。だって、マリちゃんがそばにいるんだもん」
 マリに向かってそう言ったマユの笑顔は、朝日に照らし出されて、美しく光り輝いていた。それは、もう既に「大人の女」の表情だった。




第四章「運命のイタズラ」
1.夏を待ちきれなくて



 1980(昭和55)年、2月。
 純子は、中学校を舞台にしたテレビドラマを眺めながら、束の間の休息をとっていた。
「15歳で出産かいな・・・。ほんまにあったらえらいこっちゃ。うちが撮ってきた子らが、数年でお母さんになる、ゆうんはよう考えられへんなぁ。・・・そやけど、この子、美人とは言えへんけど、ほんま、ええ顔やわ。惜しいなぁ。プロやあらへんかったら、そして、もうちょっとだけ小さかったら、うちが『モデル』に使てたんやけどなぁ・・・」
 画面に映る「天才子役」と呼ばれた少女の演技を目で追いながら、純子はそう一人ごちていた。
「早よ、夏来ぃひんやろか・・・」
 純子は、この3月から、それまで製作スタッフのみだった個人事務所の体制を変更し、「企画室」というセクションを立ち上げようとしていた。ここのスタッフには、新たなプロジェクトを実現させるための仕事を任せるつもりだった。
「うちの描く展開が軌道に乗れば、きっと『モデル』のなり手も増えてくるやろ」
 純子が構想していたのは、巷に氾濫する「ポルノ」とは一線を画す、かと言って高尚な小難しさもない、純子流の「ヌード写真芸術」というジャンルを、一般社会の中に確立させることだった。性別や年齢に関わりない、様々な「ヌード」を扱うことで、世間一般に依然として残る「ヌード」に対する偏見を打ち破ろうと目論んでいたのである。そして、その裏には、「モデル」の質的、量的な向上がそれによってもたらされるはず、という純子の切なる願いがあった。「ヌード」への偏見が小さくなれば、「モデル」への抵抗も相対的に小さくなる、という「好循環」を期待していたのである。
「今年は、展覧会も減らしたし、その分ええ『作品』ぎょうさん作ってかななぁ」
 実際、これまでの2年間に比べ、写真展の会場を半分に抑えていた。そこまでしてでも、写真撮影に充てる日数を確保したかったのである。
「もちろん、マユちゃん、マリちゃんの写真が最優先やけどな」
 純子はそう言うと、机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。そこには、全身ずぶ濡れになりながら、水のかけあいをするマユの「最高の笑顔」があった。
「去年の撮影旅行は、正直時間が足らんかったわ。まぁ、今後はきっと、そんなんばっかしなるんやろけど。細切れの撮影になっても、『モデル』の成長が追えれば、それでええか・・・」
 新プロジェクトに力を注ぐ一方で、純子は、従来どおりの「一年一作」で発表する大作には、たとえ多忙であっても手を絶対に抜きたくない、というプライドを持っていた。ましてや、次回作はマユとマリという、この仕事を始めて以来最高の「モデル」が関わっている。当然ながら、今年のスケジュールの大半は、この「作品」のために確保している、という思いが純子にはあった。
「正月会うたら、大分ふたりともお肉ついてきてるみたいやったし、そろそろ下の毛も気になる時期やなぁ。見てくれが台無しなったらあかんさかいに、できれば剃りたないんやけど、あの子らはどうしても捨てがたいしなぁ・・・」
 純子は、2人の成長のスピードを心配していた。先月に会ったときには、背のほうはほとんど変わっていなかったが、やや肉付きがよくなっている印象だった。いわゆる「処女太り」と呼ばれる現象の可能性があった。
「そやったら、7月、8月なんて悠長なこと言うてられへんわ」
 純子は、2人の少女が「大人の女」へと完全に変わってしまう前の、微妙な時期を逃したくなかった。「変わりかけの一瞬」こそが、純子が写真で表現したかったことなのだ。
「海やから、春先はまだ風が冷たくてあかんしなぁ・・・。5月のはじめは連休もあるから、目立つ場所には行けへんし、6月入ったら梅雨なってまうし・・・。もちろん平日は学校やろし、どうスケジュール組んだろか・・・」
 純子は、そう言って頭を抱えた。



2.ふたりが終わる時




 マユとマリの撮影は、5月28日に決まった。
 この日は、中間テストの採点のための「テスト休み」だったため、学校を休まずに、かつ平日の撮影が可能、という矛盾した条件を克服できる数少ない日であった。
 その連絡が純子から入ったとき、マユもマリも複雑な気持ちだった。
 鳥取での撮影後、見せてもらった自分たちの写真は、信じられないほどに美しく、綺麗で、そして可愛らしかった。純子の写真家としての技量にただただ驚嘆した。それ以来、純子の写真を信頼する気持ちに変わりはなかった。むしろ、前回の撮影よりも、もっと前向きな気持ちで「ヌード」というものを考えられるようになっていた。連絡があった時も、ちょうど次回の撮影を心待ちにしていたところだった。
 しかし、一方で、マユもマリも「あの時の私と今の私は違うのでは?」という不安を抱えていた。
 特に気にしていたのはマユだった。この半年で、体重が明らかに増えた。運動不足になったとか、食事の量が増えたとかではなく、今までと全く変わらない生活リズムの中で、しかし体重は増えてしまっていた。
 2人とも下の毛こそまだ生えてきてはいなかったものの、マリは昨年の8月、マユは年明けすぐに、それぞれ初潮を迎え、確実に「大人の女」に近づいていた。そのことから来る精神的な不安定さが、撮影に対し期待する一方で不安を抱くことになった原因なのかも知れない。
 そんな思いを抱えながら、その日まであと1月に迫ったある日。
 朝、いつものように、階下から母親の呼ぶ声が聞こえてきた。
「あぁあ、もう朝か・・・。まだ眠いよぉ」
 そう言って目をこすりながら、ネグリジェ姿のマユはベッドから立つと、ふらふらした足取りで1階の洗面所に向かおうとした。しかし、2、3歩歩き出したところで、目の前の景色がいつもと微妙に異なっている気がしてきた。
「あれぇ・・・。マリちゃんの布団がこんなところに落ちてるなんて・・・。おかしいなぁ、いつもきっちりベッドの上に揃えてあるのに・・・」
 マユの足元には、部屋の左側のマリのベッドにあるべき掛け布団が、無造作に転がっていたのだ。
 マリは、いつも母が声をかけるより早く起き、マユが洗面所にたどり着く頃にはもう、朝食のトーストを食べ始めているぐらい早起きだった。もっとも「マリは早起き」と思っているのはマユだけで、実際はマユが起きた時点で「ワンポイント英会話」が「ハヴァナイスデー!」という陽気な声とともに終わろうとしているのだから、単にマユが朝寝坊なだけ、というほうが正しいはずなのだが・・・。
 マリは既に起きているはずだったから、いつもなら自分のベッドはしっかり直してあるはず。それなのに、なぜマリの布団がこんなところに転がっているのか、マユの寝起きの頭には全く理解できなかった。
「・・・マユ・・・ちゃん・・・助けて・・・」
 その時、マユは予想もしていない声を聞いた。
 驚いて声のする方を見ると、廊下の手前、ドア近くの床の上に、体を丸め、時折足をバタバタと動かしている、マユとお揃いのネグリジェを着た、一人の少女の姿が見えた。
「マリちゃん?」
 マリの顔を見るなり、マユはそう叫びながらマリの脇に駆け寄った。マリは、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、脂汗を流していた。その様子から、明らかにマリの体調に異変があることが分かった。
「お母さん!大変!マリちゃんが・・・」

 その日、マユは初めて、たったひとりで中学校へ向かった・・・。



3.涙のキッス




 マリは「急性虫垂炎」つまり「盲腸」だった。
 救急車で運ばれた病院で、着いてすぐに手術が始まり、無事に成功した。
 学校から帰ったマユは、母から病名と手術のことを聞かされ、言いようのないショックを受けた。母によれば、どうやらマリは、お腹の痛みをしばらく我慢していたらしく、もう少し処置が遅ければ、腹膜炎を併発して、最悪の場合命が危なかっただろう、と医者が言っていた、ということだった。
「マリちゃん、我慢しすぎだよ・・・。いやだよ、マリちゃんが元気じゃなきゃ、私、何にもできないよ・・・」
 その夜、ひとりぼっちの部屋は、いつもより数倍広く、そして静かだった。
「さびしいよ。マリちゃんにいて欲しいよ・・・」
 そんな思いで、毎晩泣きながら眠りについていたマユだったから、1週間後にマリが退院してくると、玄関で思い切り抱きついた。
「おかえり!マリちゃん!」
 その目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「いやだ、マユちゃん、大げさよ。ただの『盲腸』じゃない」
 マリは、そう言って微笑んだ。それでも、マユは泣き続けた。
 マリにとって、マユの反応は予想以上のものであったが、自分を心から心配してくれていることは嬉しかった。マリにしても、病室で、マユと離れて寝た1週間は、とても心細いものだったのだから、今、こうして抱きついてきているマユの、その温もりを感じられることが幸せだった。
 ただ、マリは、ある後ろめたさを胸に秘めていた。
「ねぇ、マユちゃん、ちょっと話があるの」
 意を決して、マリはマユに話しかけた。マユは、涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、
「何?」と言って微笑んだ。
 その微笑みを眼前にし、マリは一瞬話すのをためらった。しかし、今言わなければ、言う機会がなくなってしまう。
「『盲腸』の手術で、お腹にすごく大きな『痕』ができたの・・・。これって、きっともう消えないよね?だったら、もう『モデル』にはなれないね、きっと・・・」
 マリはそう言うと、ジャージのズボンを少しずらし、下腹部をマユの目の前に晒した。そこには、くっきりと大きな、赤黒い一筋の線があった。
 その「痕」を見たマユは絶句してしまった。マリの美しい柔肌の上に、それは似つかわしくないほどに大きく、目立っていた。沈黙の時間が、2人の間にしばらく流れていた。
「・・・大丈夫」
 マユは、その静寂を打ち破るようにそう言って、マリの頬にそっとキスをした。
「たぶん、今度の撮影は無理だと思うけど、手術の『痕』はきっと目立たなくなるよ。きっとそうだよ。お風呂屋さんで、そんな『痕』見たことある?あれだけ人がいたら、絶対中に手術した人はいるはずだよ。時間が経ったら、手術したのが分からなくなるぐらい、消えてなくなっちゃうんだよ。だから、心配しないで」
 マユはそう言って笑った。
「でも、それじゃあ今度の撮影はマユちゃん1人になっちゃうのよ?」
 マリは、次の撮影を心配していた。自分が「モデル」になれない今、マユがひとりぼっちで純子の前に裸を晒し、砂浜に佇んでいる絵を想像して、胸が痛んだのである。しかし、それを聞いたマユは、つぶらな瞳をさらに丸く見開いて、
「そんなのどうでもいいの!今のマリちゃんにとって大事なことは、『嫁入り前の大事な体』についた傷が、本当にお嫁に行く前までに消えてることでしょ?」と語気を強めた。
 そんなマユの言葉は、マリには何よりも嬉しかった。マリはマユの体にもたれかかるようにして、マユの胸に顔を埋め、そして、泣いていた。



4.めぐる季節を越えて




 5月28日。
 梅雨を控え、天候が心配されたが、この日は朝から快晴だった。
「天気はええんやけどなぁ・・・」
 純子は、ロケ地の南房総に向かうフェリーのデッキから空を見上げて、心の中でそう言っていた。
 マリが「盲腸」で手術をして、はっきりと目立つ「痕」ができてしまったことを聞いたのは、マリが退院してすぐ、半月ほど前のことだった。
「・・・いや、大したことのうて、ほんまよかったねぇ」
 電話口ではそう言って気丈に振舞っていた純子だったが、内心はかなり動揺していた。不測の事態とはいえ、来年の「作品」として自信を持って準備してきた、その構成が、マリのリタイアによって完全に崩壊してしまったからだ。
「難儀やなぁ・・・。今までの写真で、どう再構成したらええんやろか?」
 ただでさえ、鳥取のロケでは十分に撮影ができなかった、という思いがある。ましてや、その時に撮影したカットは、マユのほうがはるかに多く、マリの分が不足していたのだ。そのマリが「モデル」になれない状況に、純子は愕然としてしまった。
「・・・もしもし、先生、聞こえてますか?」
 マリの声に、しばらく放心していた純子は我に返った。
「マユちゃんが、先生に話したいらしいんで、代わりますね」
 マリはそう言って、マユに受話器を渡した。
「先生?マユです。今度の撮影、私は大丈夫ですよ!マリちゃんの分までがんばりますからね」
 純子は、マユのそんな力強い言葉を聞いて、涙が出るほどうれしかったが、
「それやったら、マリちゃんがそないなってるから、もう・・・」と、弱気な決断を下そうとしていた。
「大丈夫です。来年がありますから!」
 マユは、語気を強めてそう言った。
「来年になれば、いくらなんでもマリちゃんの傷は目立たなくなってるはずです。そうしたら、また2人で撮影ができるじゃないですか?」
 マユの言葉に、純子は心の中で返事をしていた。
「確かに傷は見えへんようなってるかも知らんけど、来年は、もっと別の問題があるんや・・・」
 確かに、問題は山積している。
 まず、版元との契約の問題。来年の出版はもう確定しているため、もし来年の夏まで撮影を続けるとなると、代わりに出版する写真集を作らなければならなくなる。手持ちのカットに、それにふさわしいものはなかった。
 それ以上に心配なのが、来年の夏時点での、2人の成長度合いであった。中3ともなると、前に見た「長髪のむさくるしい先生のドラマ」のイメージが強く残っていて、純子には不安が大きすぎた。さすがに下の毛の心配が必要になるだろうし、当然、肉体的には「妊娠できるほどに」より大人に近づいているはずである。内面についても、恋愛をしている可能性もあるし、受験を控えて勉強に追われているかも知れないなど、今よりもっと複雑になっているはずなのだ。
 だが、それは口には出さず、
「そやねぇ・・・」と言うしか、純子にはできなかった。
 それから半月。撮影の当日となっても、純子には迷いがあったのだった。今回の撮影で、一体何を残せるのだろう。本当に、来年まで待てるのだろうか。その選択は、間違っていないのか・・・。
 その答えは、意外にも、現地近くの駅で合流したマユの表情に、あった。



5.渚




 紺色とクリーム色に塗り分けられた電車から、マユはひとりでホームへ降り立った。すぐに小さな待合室にいる純子たちに気づいたマユは、
「先生!いい天気でよかったですね!」と手を振った。
 マユが気にしているように、半年前より、確かにふくよかさを増している感じであった。しかし、それ以上に、肩まで伸びた美しい黒髪のせいか、その表情は以前とうって変わって、すっかり大人びて見える。
「マユちゃん、一人かいな?」
 純子は、マユがたったひとりで電車から降りてきたのを不審に思った。今まで、何人もの少女を撮影してきたが、保護者がいないロケは経験がなかった。
「ええ、母はマリちゃんと千葉でお買い物です。マリちゃんがひとりになって寂しいだろうから、私が母に『残って』って言ってきたんです」
 マユはそう言って白い歯を見せた。しかし、その笑顔は鳥取の海で見せたはちきれんばかりの笑顔とは違う、どこか物憂げな目が印象的な、寂しげな笑顔だった。一生懸命、不安さを抑えている、純子にはそう思えた。
「うちが不安に思てたら、マユちゃんまで不安にしてまうやない・・・。そや、とりあえず今はマユちゃんだけでも撮影できるだけ幸せなんや。来年、本当に2人で撮影できるか分からへんけど、できひんかったら、それはそん時考えたらええんやわ。せっかく、マユちゃんが来てくれたんや。しかも、大切な家族と別れて、たったひとりで電車乗って、こないな田舎まで来てくれたんや。ここではマユちゃんを支えられるのはうちしかおらへん。うちまで暗うなってたらあかんわ。もっと前向きに考えな」
 純子は、マユの体を抱き寄せると、その頭を思いきり撫でた。
「ちょ、ちょっと、先生。痛いよぉ。髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃう」
 マユは、そう言って両手で頭を隠す仕草をした。
「マユちゃん、ほんま、えらい綺麗な長い髪になったねぇ。伸びるの早すぎやわ。けどよう似合うてるわ」
 純子はそう言って、にっこりと笑っていた。
「本当ですか?嬉しいなぁ。実は、ほっぺのお肉を隠したくって、ずっと伸ばしてたんですよ。ちょっと伸びすぎたかな?って思ってたんで、先生に褒めてもらえてよかったぁ」
 マユはそう言って笑顔を見せた。先ほどの不安げな表情とは異なり、無垢な、一点の曇りもない笑顔だった。それを見て、純子は心から安心した。
 マユが合流した撮影隊は、駅からロケ地である海岸へと向かった。
 広い防砂林を抜けると、そこには緩やかな海岸線を描く渚が広がっていた。平日の昼間ということもあり、辺りには誰もいない。まさに撮影の好適地であった。
「ここなら鳥取まで行かへんかて、イメージに合うた写真が撮れるはずや」
 純子が得意げにそう話すのを聞いて、マユは微笑みながら、
「先生、よくこんな場所知ってましたね?」と尋ねた。
「この近くに知り合いがおってな、その人が『いい海があるよ』て教えてくれはったんや。それでのうても、今年はスケジュールが詰まってて、何日も旅行して撮影することができひん。こないな日帰りできるところでしか撮れへん、いうわけなんやわ」
 純子はそう言って笑った。
「ようし、それじゃあ、さっそく撮影を始めよか。マユちゃん、もう脱げる?そしたら、まずここの筆草辺りで、ぺたっと座ってみよか。みんな、向こう向いて!」
 純子は、コウボウムギの群生するあたりで、マユに指示を出した。弟子たちはマユに背を向けるように、機材を準備し始めた。
「何か、この感じ、懐かしいなぁ・・・」
 マユはそう思いながら、服のボタンを外し始めた。



6.君がいたから



 初夏の日差しを受け、マユの若々しい肢体は、海岸の風景に映えていた。確かに、鳥取で撮影した頃よりも脂肪がつき、スリムとはいえない体型ではあるが、それがかえって、純真無垢な少女のイメージを増幅させ、マユの魅力を際立たせていた。
 黒々とした長髪をなびかせながら、燦々と照らされる陽光の下、マユは元気いっぱいの様子で、太陽に負けないぐらい明るく振舞っていた。体型も、髪型も、肌の色まで変わってはいたが、純子の目の前に躍動している裸の少女は、確かにあのときのマユそのものだった。
 しかし、その笑顔は鳥取でのそれとは微妙に違っていた。少女らしい、愛くるしい微笑み、という点では同じではあったが、その瞳の奥には、大切な存在が近くにないことへの不安を宿していた。
 純子は、そんなマユの笑顔に若干物足りなさを感じながらも、
「そうや、そこで両手で髪をさぁっと流すように。そうそう、綺麗やわ、最高」と、マユを褒めちぎりつつ、撮影の手を緩めなかった。
「マリちゃんやお母さんがここにおらへん、ゆうんは、マユちゃんにとって一大事のはずや。そやけど、こないにしっかりと笑顔見せて、モデルとして頑張っているんや。うちは写真家として、その気持ち踏みにじったらあかん」
 純子は、そんな決意で、この撮影に臨んでいたのである。
 そんな純子の様子は、逆にマユを勇気づけていた。
「先生の前ではあんなこと言ってたけど、ここに来るまでは、ちゃんと先生に会えないかも、って思ってたんだよねぇ・・・。マリちゃんのためにも頑張らなきゃ、っていう気持ちで、意気込んで電車に乗ったのに、蘇我でもう引き返したくなってたし。でも、やっぱり来てよかった。先生が撮影してくれるのが嬉しい、って心から思えるもの」
 マユは、シャッターの音を聞きながら、そう感じていた。鳥取のときのように、すぐそばにマリの笑顔はなく、もちろんそのことがマユの心を暗くしてはいたが、それ以上に、マユの中で「先生に撮られたい」という欲求が、無意識のうちに強くなっていたのである。
 一方、純子は、マユの撮影に喜びを感じはじめていた。
「何でやろうなぁ。マユちゃんだけの撮影は、不本意やったんやけどなぁ・・・。そら、マユちゃんは今まで会うた中で最高のモデルやし、その子を撮れる、ゆうんはもちろん最高なんやけど、うちの『作品』考えたら、マリちゃんがおらへんのは、ほんま難儀な話やったはずなんや。それが、何や、いつの間に撮影を楽しんでるうちがおるわ・・・」
 純子は苦笑いを浮かべながら、ファインダーを覗き込んでいた。レンズの向こうには、一糸纏わぬ姿で砂浜に横たわり、微笑を浮かべているマユの姿があった。その姿には神々しささえ感じられた。
「ほんま、マユちゃんおってよかったわぁ。マユちゃんをもっともっと撮影してみたい思うようになってきたわ」
 純子の意識は、撮影前とは明らかに変わっていた。まさに、マユの存在が、マユの穢れのない美しさが、全ての運命を変えようとしていた。
「やっぱり来てよかった。もちろん、マリちゃんも一緒だったらもっとよかったけど、きっと次は一緒に撮ってもらえるはずだし、2人一緒の写真はその時までおあずけね。まぁ、今回は私だけで撮られてるんだから、次はマリちゃんを多く撮ってもらいたいなぁ」
 そんな純子の思いを知ってか知らずか、マユはマリの復帰後を想像していた。また2人で一緒に撮影に臨める、そんな日が必ず来る、と信じて疑わなかった。



7.冬がはじまるよ

 6月以降、新たな撮影はなかなか組まれなかった。
 マリの手術痕が、一向に薄くならなかったからであった。
「ごめんなさい。こんな体で撮られるのは、やっぱり恥ずかしいです・・・」
 マリは、純子に何度も謝った。本当に申し訳ない思いでいっぱいだった。
「ええよ。仕方ないやないの」
 純子は、電話の向こうで頭を下げ続けるマリに、心からそう言っていた。実は純子は、既にマユとマリの「作品」の発表を、1年順延することを決めていた。
「マユちゃんのあの頑張りが、うちの気持ちを変えてくれたんや」
 1年順延することによるリスクは、確かに大きい。ある意味危険すぎる「賭け」であった。それでも、純子にそう決断させたのは、南房総の海であれだけ前向きに、ひたむきに撮影に臨んでいたマユの姿に心を打たれたからであった。もっとも、その他に、マリを待つ、というよりも、もっとマユを撮りたい、という思いの方が強かった、という理由もあるのだが。
 結局、この年、新たにマユとマリを撮影することはなかった。
 純子は、マユとマリの「作品」の穴埋めのため、81年から始まる「新企画」用に考えていた「三姉妹ヌード」を、次の「作品」の「代打」として流用することにした。
もともと、「新企画」の「目玉」として、企画のタイトルもそのロケ地から考えたほどに力を入れていたものではあったが、それまでの「作品」が長期的な「成長」を追っていたのに対して、これは刹那的な「美の瞬間」に比重を置き、撮影期間も、撮影枚数も、本来の「作品」作りの負担にならないよう、それまでより少なく済むように企画したものであった。したがって、それまでの1年1作の「作品」とは、毛色が全く異なってしまったのだが、純子にとっては、もはやそんなことを気にしているだけの余裕はなかった。
「そやけど、この後の『白薔薇園』どないしよか・・・」
 純子の懸念はそこにあった。「新企画」第一弾用の「目玉」を1年1作の「作品」に流用したことで、第一弾に「目玉」がなくなってしまった。これを回避するために、第二弾用に準備していた分を第一弾に繰り上げることにしたのだが、当然ながら、これによって第二弾の「目玉」がなくなってしまったのである。
 この「新企画」をモデル確保の起爆剤としたかった純子にとって、年4回の「新企画」写真集発行という形を崩したくはなかったのだが、それが2回目にして壁にぶち当たることになろうとは、純子は思ってもいなかった。
 夏には第二弾が発行される。したがって、それに間に合わせるためには、どうしても春まだ浅い時期の撮影が不可欠であった。しかも、天候不順などの理由でロケを順延することすら許されない、極めてタイトな条件である。もし、ロケの当日が曇りがちの肌寒い日だったとして、それでも少女たちを裸にして外に放り出すことができるだろうか。いや、それ以前に、そんなに急に魅力的なモデルが確保できるだろうか。純子はそう自問していた。
 季節は、もう冬になろうとしていた。
「しゃあない。『作品』発表の前にあの子らの写真を発表するのは気が引けるけど、早うにお願いできるのは、あの子らしかおらへん。背に腹は変えられんわ・・・」
 純子は、そうつぶやくと、受話器を取ってダイヤルを回していた。電話をかけた先は、マユとマリの家であった。
 純子は、マユとマリを「モデル」に、今までのテーマとは異なる写真を撮影しよう、と考えていた。それを、「新企画」の第二弾の「目玉」としよう、と思ったのである。
 だが、そんな純子の願いは、マリの言葉によって振り出しに戻されてしまった。
「手術の『痕』はよくなったんですけど・・・生えてきちゃったんです・・・」
 純子は、再び難問にぶつかってしまった。
 見栄えが悪くなることを承知でマリの毛を剃り、今までの方針どおりマユとマリを撮影するか、この際マリを諦め、マユの不安を何とか緩和しつつ、単独で撮影していくか・・・。
 もはや「新企画」のみならず、1年順延した「作品」にも影響するような、大きな問題であった。
「うちは『賭け』に負けてしもたんやろか・・・?」
 純子は、そう心の中でつぶやいたきり、黙り込んでしまった。



第五章「理想と現実」
1.あの夏を探して



 1981(昭和56)年3月。
 マユは、再び房総半島の南端の地に立っていた。今回は、前回の海岸での撮影と異なり、マリも同行していた。
「・・・もう剃らなあかん程や・・・」
 車のカーテンを閉め、マリと2人でその中に残った純子は、マリの下腹部を見ながらそう言った。そこには、以前には全くなかった、黒々とした茂みが広がっていた。
「やっぱり・・・。剃らずに何とかできませんか?」
 マリは、純子にそう尋ねた。その表情は切迫感に溢れていた。純子に、そしてマユに、今まで迷惑をかけてきた、という思いがあったマリだけに、ここでの「ギブアップ」は何としても避けたかったのだが、自らの「女」としての成長の証として、生え揃ったばかりの恥毛にはマリの思い入れが強かった。
「毛がこれだけあるんはうちの写真のイメージと違うし、そもそも法律がそれを許さへんし。かと言うて、そこを隠しながらではいいポーズも取れへん・・・」
 純子はそう言って、マリの顔をじっと見つめた。その目は、悲しみと優しさが入り混じったような、複雑な色を見せていた。
「どうしても剃れへん、ゆうんやったら、今回は諦めるしかあらへんわ・・・。一応、去年売り込みのあった子も見学兼ねて連れて来てるさかい、その子とマユちゃんで『姉妹ヌード』は何とかなるやろし、心配はせんでええよ・・・」
 純子は、そう言って笑顔を見せた。しかし、その笑顔は心なしか元気がなかった。今回の撮影で、純子は「新企画」第二弾の「姉妹ヌード」を完成させようと思っていた。当然、そのモデルは実の姉妹であるマユとマリで「強行」するつもりだった。マリの気持ちによっては、その構想が崩れることは予想していたから、昨年、横浜の展覧会場で売り込みのあった別の少女を、「見学」兼、万が一のための「控え」として連れてきてはいた。しかし、この少女には、
「・・・あんまりパッとせえへんなぁ・・・」という純子の正直な感想のとおり、とてもではないが、容姿端麗なマユと一緒のカットに収まって、それでも強烈なインパクトを鑑賞者に与える、ということを期待するのは酷であった。やはり、マユに並び立つべきなのはマリしかいない。それは分かっていたが、もはや残された時間はなかった。
「わかりました。でもいつかまた、先生のお役に立ちたいです」
 マリは、下ろしていた下着をスカートの中にたくし上げながら、純子にそう言った。その目には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
 その表情を見て、純子はいたたまれない気持ちになった。不運が重なったとはいえ、これだけ責任感の強い子に、重いものを背負わせてしまったことを、純子は後悔していた。
「大丈夫。今度の『白薔薇園』は、年に関係なくヌードを扱うつもりやさかい、今はまだ立ち上げやけど、軌道に乗ってきたら、大人になったマリちゃんやマユちゃんにも出てもらうわ。せやから、その時はぜひとも協力してくれるぅ?」
 だから純子は、咄嗟にそんなことを言っていた。
 一見「大人になってからの撮影」に前向きとも取れる言い回しだが、もちろん、純子の本心はこの言葉のとおりではない。確かに、「新企画」では年齢性別を問わないモデルを起用するつもりでいたが、それはあくまでも「ヌード写真芸術の一般化」のために、ほとんど「やむをえない」という思いで決定したことなのだ。
 この時点では、純子にはまだ「理想を貫きたい」という思いが強く残っていた。その気持ちが邪魔をして、現実的な妥協がどうしてもできなかったのだ。
「あの時のマリちゃんは、もう戻って来ぃひん。それは分かってるんやけど・・・」
 純子は、マリの肩を無言で叩くと、撮影の準備のために車を降りた。マリの肩は、小刻みに震えていた。



2.あなただけ見つめてる



 何の変哲もない、農村の花畑。多少距離はあるものの、形がはっきり分かる距離に民家が見える。咲き乱れる花は綺麗だったが、必要最小限しか手を加えてない様子で、足元は凸凹しており、とても普通に歩けるような状態のところではない。
「花畑、ゆうから来たのに、これはただの原っぱやわ・・・。こないな草ぼうぼうの場所、マユちゃんたちを裸足でよう歩かせられんわ。・・・まぁ、時間もあらへんことやし、あんまりマユちゃんたちを動かさんと、手短かに撮らんとあきまへんなぁ・・・」
 純子は、そうぼやきながら、「姉妹ヌード」の撮影準備を始めた。
 しかし、彼女の目の前にいるのは、実の姉妹ではなかった。
「やっぱり、マリちゃんの撮影は無理だったのね・・・」
 マユは、純子の後ろに服を着たまま立っているマリの姿を見ながら、寂しげな表情でカメラの前に立っていた。彼女の横には、恐らく小学生ぐらいの、小さな女の子が、マユと同じように全てを脱ぎ去って、マユにぴったり寄り添っていた。
 その少女−ハルコという名前だった−は、無邪気な笑顔を絶やさず、ちょこまかと動き回っていた。
「マユお姉さん、おっぱい大きいねぇ。触ってもいい?」
 ハルコは、そう言ってマユの顔を覗き込んだ。
「いいわよ。でも、あんまり強く掴まないでね」
 マユは、苦笑いを浮かべながら、ハルコに優しく言った。
「妹がいたら、こんな感じだったのかなぁ・・・。双子だけど一応マリちゃんがお姉ちゃんだから、妹ってすごく憧れてたなぁ。まぁ、マリちゃんがお姉ちゃんだ、って意識はあんまりしてないけどね。マリちゃんはどうなんだろう?私のことはやっぱり妹って思ってるのかなぁ・・・?」
 ハルコとの「姉妹」で撮影に臨みながらも、マユの頭の中には、どうしてもマリのことが浮かんでしまうようだった。
 マリは、純子の後ろから、精一杯の笑顔でマユたちの撮影を見学していた。内心は、すぐにでも家に帰りたい、というほど、この場にいるのが辛かったが、
「私が迷惑をかけていた間、マユちゃんはたったひとりで頑張ってたのよ?今の私にできるのは、マユちゃんをこうやって励ましてあげることだけじゃない。くじけちゃ駄目よ。私が暗く沈んでいたら、マユちゃんのことだから、撮影を投げ出しても私を元気づけようと思うはず。そうなったら、もっと先生に迷惑がかかっちゃう。それは絶対に駄目!」
 マリは、そんな悲壮な決意を表には決して出さず、気丈に振舞っていた。悲しみをこらえながら、笑みを浮かべたその目は、マユに優しく向けられていた。
「マユちゃん!『お姉ちゃん』がそないな不安げな表情でいたら、『妹』はもっと不安になってまうわ。・・・って、そら無理やわ。『お姉ちゃん』らしく、って、マユちゃんは『お姉ちゃん』じゃあらへんもんねぇ。ほんまゴメンね。マユちゃんはいつもとおんなじ、胸張って、明るくポーズ取ってくれたらええんやわ」
 純子は、ファインダーから目を離さずに、その奥に映るマユに向かってそう言った。
 マユは、純子に指示されるままに、ハルコとポーズを取り続けた。しかし、その心の中では、すぐ横にいるハルコと撮影に臨んでいる、というよりも、視線の先にいる、服を着たままのマリと一緒にいる、という思いの方がどうしても強かった。
「もう、マリちゃんと撮影されることって、ないのかなぁ・・・」
 そうつぶやいたマユの表情は、微笑みをたたえたままではあったが、向こうの山に沈もうとしている夕日に照らされたためなのか、大きな陰が差しているかのようにも見えた。



3.ここではない、どこかへ



 3月末、千倉のロケから帰った純子は、ついに苦渋の選択をした。
「もう最初のテーマにこだわってられへん。来年の『作品』のテーマは、今ある写真からひねりだすわ・・・」
 純子のそれまでの「作品」に対するスタンスを、大幅に変更するような「事件」であった。それまでの純子は、テーマを決め、それに沿う形で写真を撮り、よいカットを選んで組み写真にして、「作品」として発表する、という流れを崩したことはなかった。それを、まず最初に写真があって、その写真を組んでみて、そこからテーマを考える、という、全く逆の流れに変えようとしていたのである。当然のことながら、純子にとってそれは、言い知れぬ不安に満ち溢れたことであった。
「となると、次の『作品』には鳥取の写真しか使えへん、ゆうことになるなぁ。そやったら、この写真は、どうしたらええやろか・・・。せっかく、マユちゃんが前向きに臨んでくれたんや。発表できひんかったら、もったいないわ」
 純子はそう言いながら、昨年の初夏に南房総で撮ったマユの写真を眺めていた。この、マユ単独でのカットを「作品」に含めようとすれば、鳥取での写真のうち、マリの写る全てのカットが使いづらくなる。「2人の成長」が見せられない以上、成長後の姿を撮れなかったマリを「最初からそこにはいなかった」形にしなければならなくなるわけである。純子にとって、それは避けたいことであった。
 しかし、南房総の明るい日差しに照らされたマユの笑顔を見ていると、この写真を「お蔵入り」にさせる、という決断も下せそうにない。それだけ、マユの姿が美しかった。
「これだけ『白薔薇園』で使う、ゆうんも手やろな・・・。でも、次の号には、マユちゃんの『姉妹ヌード』をメインにするつもりで、もう動いてるし・・・。この写真はうちの『傑作』やから、載せるんやったら巻頭に持って来たいところやし、そやけど、載せたらマユちゃん続きになってまうしなぁ・・・」
 純子は真剣に悩んでいた。ちょうど表紙用の写真の締切が1週間後に控えていた。今ならまだ間に合う、という思いと、それをやったらマユばかりを前面に押し出す結果になって、その魅力にとりつかれるであろう鑑賞者は、きっと来年の「作品」発表を待てなくなってしまう、という危惧が、純子の中でせめぎ合っていた。
 部屋のテレビには、つい先日現役を引退した横綱・輪島が映し出されていた。1月には名大関・貴ノ花が引退し、相撲界は1月場所で優勝し大関になっていた千代の富士の全盛時代へと移ろうとしている時であった。野球の世界もまた、長嶋茂雄が巨人監督を解任され、王貞治が現役を引退したばかりであり、東海大から巨人に入った直後の原辰徳や、早稲田実業の1年生エース・荒木大輔に注目が集まった時であった。さらに芸能界でも、前年の秋に山口百恵が引退、さらにこの3月にはピンクレディーが解散するなどの一方で、松田聖子や田原俊彦など、フレッシュなアイドルが続々と登場している。
 ジャンルの違いはあれど、全国的に「新たなスター」を求める雰囲気が大きくなっていた時期であった。そんな時期に、この魅力あふれる少女を目立つ形でデビューさせてしまったなら、間違いなく熱狂的な「ファン」を作りあげ、その意向に逆らうことができなくなる。自らの「創作意欲」に関係なく、「ファン」のニーズに応える形で少女ヌードを「製造」し続ける、そんな状態になることを純子は恐れていたのだ。
「鳥取以外で、マリちゃんの写真が撮れてたら文句なしやったんやけどなぁ・・・。そんなこと言うても、それが出来てたら、そもそも今度の『作品』自体、何もこないにパズルみたく難しくすることあらへんかったやろしなぁ・・・」
 そう言ったところで、過去に戻ってマリの写真を撮ることなど不可能なのだが、それでも純子はそう言わずにはいられなかった。
 悩んでいられるだけの時間は、もうない。長い間逡巡していた純子に、いよいよ決断の時が訪れた。
「ええい、もうこれでいったるわ!後でどうなるか、運を天に任せるしかあらへんわ」
 純子はそう言うと、持っていたマユの写真を机に置き、席を立った。



4.君がいない夏



 6月、純子の「新企画」第二弾である『白薔薇園パート2』が書店に並んだ。
 表紙には、海岸に生まれたままの姿で立ち、笑顔を見せるマユの姿があった。もっとも、体の大部分は帯で隠されてはいたのだが。
「やっぱりなぁ・・・。こうやって、本になったモン見ると、マユちゃんの可愛らしさが際立って、よう目立つわぁ」
 純子は、手に取った本の表紙を眺めながらそうつぶやいていた。自信を持って世に送り出したマユの写真。だが、純子にとっては、それ以上に気がかりだったのが、マユが「一人歩き」してしまわないかどうか、という点だった。
「一応、ハルコちゃんの名字を貸してもろて、名前もひねって、来年の「作品」に出るマユちゃんとは別人、てゆう方便がつけるようにはしといたけど、こないな子供騙しに引っかかるほど、読者はアホやないやろしなぁ・・・」
 純子は、この時点ではまだ、鳥取砂丘でのマユとマリの写真で、新年度の「作品」を構成しようと考えていた。その発表以前に、マユだけが突出して人気を得てしまうということは、2人の間のバランスが大きく乱れることにつながり、ひいては「作品」の世界の崩壊をも意味することになる。そうなってしまっては遅いのだ。
 だが、その不安は、早くも現実のものとなってしまった。
 男性向け週刊誌から、グラビアにマユの写真を使わせてほしい、というオファーを受けたのは、本が世に出てわずか数日後のことであった。明らかに、書店での動向を踏まえた原稿依頼であった。
 この話が出たとき、純子は即断できなかった。
 今までの純子なら「宣伝になる」としてほとんど即決に近い形で掲載を許可しただろう。そもそも『白薔薇園』の目的から考えたなら、そうやって大きなメディアが取り上げてくれる、ということ自体、大成功と言って差し支えないはずだった。しかし、マユの写真をそうやって男性誌に載せてしまうことが、今後の展開を考えたときに果たしてプラスになるか、と考えたときに、純子には前向きなイメージは全く浮かばなかったのである。
「タコが自分の足を喰うてるようで、ほんま、難儀や・・・」
 純子は、悩んだ末に掲載を承諾した。撮影時の契約で、撮影された写真の二次使用については純子の裁量に委ねられる、としていたため、法的には何の問題も生じなかったが、純子の創作活動には、大きなダメージを残すこととなった。
「来年の『作品』は、少女ひとりの砂丘、か・・・」
 純子は、誰もいない事務所の机で、ひとり静かに考えていた。
 マユがこのまま人気を獲得していけば、それを撮影した自分の評価も高まり、『白薔薇園』で目論んでいた「モデルの安定供給」が実現するかもしれなかった。
 しかし、その代償はあまりにも大きい。自らの芸術性、信念、そして、来年の「作品」・・・。もちろん、純子を信じて最高の笑顔を見せ、一生懸命に撮影に臨んでくれた、2人の小さな天使たちの気持ちも、踏みにじってしまうことになる。
「もう開き直るしかあらへんなぁ・・・。このまま、世界中を駆けずり回ってでも、ヌードをひたすら撮り続けて、発表し続けていくしかあらへんやない。時にはいろんな媒体で同じ女の子の写真を発表するようになっても、発表をやめたら、足を止めたらあかん。うちにはそれしかでけへんのやから・・・。そしてそれが、うちの作品を待ってる人たちへの、そして、うちが撮った『モデル』たちへの『責任』や・・・」
 純子は、そううそぶくと、背中を丸め、いつまでも肩を震わせていた


5.君は僕の宝物



 マユへの反響は、純子の想像を遥かに超えていた。
「これ、全部マユちゃんへの手紙かいな・・・?」
 出版社から届けられた封筒の束を見て、純子は絶句した。
「まるでアイドルやなぁ・・・。こうなると、うちはそこらのグラビアカメラマンと何も変わらないやないの・・・」
 自らが発掘し、長い期間に渡って撮影してきた「モデル」にこれだけの反響が出ていることは、まるでわが子のことのように嬉しいことだった。しかし、それは同時に、世の中における自分のステータスが、明らかに変わってしまったことを証明する、純子にとっては極めてシビアな結果でもあった。
「これ見たら、マユちゃんはマリちゃんのことを気にするやろなぁ・・・。マリちゃんにも同じように手紙が来ぃひんかったら、その悲しみの方が上回ってまうような優しい子やもん。マリちゃんも、内心はきっと穏やかやないやろしなぁ・・・」
 気乗りしないままではあったが、今後の発表について話を通すために、そして受け取ったファンレターをマユに届けるために、純子はマユとマリの家に足を運んだ。
「先生!見ましたよぉ!というより、見せられた、って感じなんですけどねぇ・・・」
 出迎えたマユは、そう言って笑っていた。何でもクラスの男子生徒が、マユのグラビアが載った男性誌を学校に持ってきたらしく、「これお前じゃないの?」とページを開いた状態で何度も見せられたのだ、という。
「先生に言われてたとおり、一応、『違う』って言ってるんですけどね。やっぱ直接見せられると恥ずかしいんですけど、それ以上に、男の子たちが見比べて首をひねってるのがおかしくって。それと、嬉しかったのが、写真の私を見て、それから本物の私を見た男の子が、『お前、この子より胸大きくないか?やっぱお前も女なんだな』って言ってたこと。1年も前の写真だから、当然今の方が胸は大きいはずだけど、それよりも、もともと『モデル』になったきっかけが『女に見られたい』だったから、ちょっと嬉しくって」
 マユはそう言って、無邪気な笑顔を見せた。
「マユちゃんがあんまり得意になって話すから、お父さんに頼んで、買ってきてもらったんですよ」
 マリは苦笑いを浮かべながら、純子に『白薔薇園パート2』を差し出した。
「最初は、何でマユちゃんだけ?っていう気持ち、正直言ってありました。そんなことを思う自分が嫌になるくらい。でも、この本を見て、よく考えたんです。私はあんまり撮影されてなかったし、マユちゃんは女の私が見ても可愛いし、先生はきっと何か考えがあって、マユちゃんの写真を先に発表したんだろうな、って、冷静に思えるようになってきました」
 マリは、感情を抑えた口調でそう話していた。その心境に至るまで、相当な葛藤があったはずだった。それを思うと、純子は申し訳ない気持ちになってしまう。
「まず、マユちゃんに来た『ファンレター』やね。確かにお渡ししますわ」
 純子は、そう言ってカバンから封筒の束を取り出した。マユもマリもそれを見て、
「これ全部そうなんですか?」と目を丸くした。
「言っとくけどな、今度マリちゃんの写真を発表して、同じように手紙が来る保証はあらへんのやわ。多いかもしれへんし、少ないかもしれへん。そやからゆうて、いちいち気にしたらあかんぇ。マユちゃんの方が可愛い、とか、マリちゃんの方が美人、とか、こないな手紙の数で決まるモンやないわけやから」
 純子は、目の前の手紙の山に驚嘆している2人に、そう釘を差した。それが、双子の姉妹という、最も身近な2人を、常に他人と比較されるシビアな世界に、別々に送り出すことになったことへの、純子なりの精一杯のフォローであった。
「ほんま、うちの『作品』は『モデルの可愛さ』で優劣がつくモンやないんや!」
 純子は、心の中でそう叫んでいた。



6.朝がまた来る



「これからの発表予定についてやけどなぁ・・・」
 純子は、そう切り出した。「ファンレター」を2人でキャーキャー言いながら読んでいたマユとマリは、純子の言葉に身を乗り出した。
「まず、夏明けに、これは写真主体やないんやけど、少女のヌードを撮るためのうちなりの方法論を書いた本を出すんや。この版元の担当者が、マユちゃんの写真を気に入ってしもてな。未発表カットを載せてほしい、ゆうんやわ。表紙にしたい、まで言うてはるんや。そいでな、こないだの千葉での『ペアヌード』だけやのうて、鳥取砂丘で撮ったマユちゃんだけの写真も5、6枚出そう、思てるんやわ」
 ここまで言って、純子は2人の顔色を窺った。特に「マユだけ」という点に純子は慎重になっていた。純子にとってそれは、苦渋の決断だったからだ。担当者には、マリの写真も見せた。しかし、返答は「未発表カットはマユ単独がいい」というつれないものだった。純子は悩んだ末に、「作品」の切り売りに踏み切ったのだったが、そのことへの2人の反応が、純子には気がかりだったのだ。
 しかし、マユもマリも、その部分よりむしろ、「版元の担当者がマユのファン」という点に興味津々だった。
「もしかしたら、この手紙の中に、その人の手紙もあったりして」
 マユがそう言うと、マリはお腹を抱えて笑っていた。その様子は、純子を安心させた。
「それから、いよいよマリちゃんの番や、この『白薔薇園』の第四弾が、年末に出るんやけど、そのメインをマリちゃんの写真にしよう思てるんや」
 純子がそう言うと、マユが目をくりくりっとさせながら、
「マリちゃんと私が一緒に写ってる写真は、いつ発表されるんですか?」と尋ねてきた。
 純子は、一度大きく深呼吸をしてから、
「それは、今のところ未定ってところやね。今は、マユちゃんの人気が思いがけずこんなに出てもうて、そんなとこに、マユちゃんとマリちゃんの一緒に写ったカットを発表した日には、マユちゃんばかりが目立ってしもて、マリちゃんいう、せっかくの美人モデルがもったいない。そやさかい、2人一緒の写真は、マリちゃんひとりの写真を発表して、それの評判が出てから発表の時期を決めたいんやわ」と説明した。
「美人モデル」と言われたマリは、顔を真っ赤にしながら、
「私なんか、美人じゃないですよ」と謙遜した。
「そして、その次、来年の年明け早々にフジアートさんの大作発表や。ほら、あの時、千葉駅前のデパートで展覧会開いてた分や。ほんまやったら、ここで2人の写真をぎょうさん発表したかったんやけど、鳥取でのマリちゃんの写真がえらい少のうて、さっき言うた理由も含めて、残念なんやけど、ここではマユちゃんのカットだけを発表することにしたんやわ」
 純子は、申し訳なさそうに2人に言った。
「それって、もう今から決めなければいけないものなんですか?マリちゃんの本が出てからじゃ、決められないんですか?」
 マユは、不思議そうな顔をして純子に尋ねた。
「まぁ、写真を本にするだけやったら、2ヶ月あれば無理やりでもなんとかなるんや。そやけど、文章を他の人にお願いしてるさかい、もう先月には、使うカットを決めて渡してるんやわ・・・。残念やけど、そこまではもう決まってしまったことなんや。もちろん、この後はまだ何も考えてへんさかい、2人の写真を全く使わない、ゆうことはあらへん思うわ」
 純子はそう言って、ちらっとマリの方を見た。マリは、純子の視線に気づき、
「先生?・・・あ、私は大丈夫です。もともと、私が盲腸で手術してしまったから、先生にはだいぶご迷惑をおかけしたんですもの。気にしないでくださいね」と言った。
 その様子に、純子は、
「ほんま、マリちゃんには気の毒なことになってきたわ。マユちゃんばっかり目立ってしもて、双子として複雑やろ・・・。マリちゃんは自分が落ち込んだらマユちゃんが悲しむ、そしたらうちにも迷惑がかかる、思てるんや。気丈やなぁ・・・。ほんま、何とかしてやりたいわぁ・・・。いや、何とかしたる!」と心の中でつぶやいていた。



7.君こそスターだ



 この年の暮れ、約束どおり『白薔薇園パート4』に、マリの写真が掲載された。
 しかし、反響はマユのときとは異なり、大きく燃え上がることはなかった。なぜなら、『白薔薇園』企画そのものが、既に立ち行かなくなってきていたからだった。当初の真新しさは既になく、書店の扱いもマユの頃に比べ小さくなっていた。
 また、純子自身も、この企画に対する熱意を失いつつあった。ともすれば「ポルノ」と同一視される「ヌード写真」を、難解ではない身近な「芸術」として広く認知させる、という大義名分を声高に叫び、華々しくスタートした『白薔薇園』であったが、数々の実験的要素は先細りになり、結局は「少女モデルの質」こそが反響の全て、という現実を、純子にまざまざと見せつける結果になっていたのである。
「うちが今までこだわってたんは、一体何やったんやろう・・・」
 純子には、ヌードを「芸術」の域に高めながら一般化していく、という一種の「矛盾」を、自らの創作活動において実現してきたという自負があった。
「見る人は、結局、うちの撮った写真やから見る、やのうて、この子が写ってるから見る、ゆう発想なんやなぁ・・・。そんなんに、芸術も何もあらへんやない」
 純子は、そう自嘲気味にひとりごちた。
 その頃、マユとマリも、ともにため息をついていた。
 もっとも、純子のように、写真集への反響が大きくならないことにため息が出ているのではなく、一日の学習時間の多さに、音をあげていたのだった。
 そう、年明けすぐに、2人には「高校入試」が待ち受けていたのだ。
「あぁあ、勉強勉強って、何でこんなに勉強しなきゃならないんだろうね?」
 鉛筆を上唇の上に乗せ、背もたれにもたれかかるように大きく伸びをしながら、マユはマリにそう言った。
「何も今に始まったことじゃないわよ。中学に入ってからずっと、テスト、テストの繰り返しで、勉強続きだったじゃない?やっとこれで、ひと段落、ってところなのよ?」
 マリは、マユの方を向き、机に頬杖をつきながら言った。
「でもさぁ、高校に入っても、また勉強だよねぇ。勉強しなくてもいい日って、いつになったら来るのかなぁ・・・」
 マユはそう言うと、自分の髪を両手で掻きあげた。その長さは、以前よりかなり短く切りそろえられていた。
「お気に入りだった長い髪も、こんなに短くしなきゃいけないなんて・・・」
「何言ってるの。面接があるんだから仕方ないじゃない。中1のころのマユちゃんに比べたら、それでも長いわよ」
 そう言うマリも、髪を短くしていた。もっとも、マリの場合は、中1の頃の長さに戻った、というべきかも知れない。
「だってさぁ・・・。この長さだと、顎の線がはっきり出ちゃうのよ。面接する先生に、『何だ、ずいぶん真ん丸い顔した子だな』なんて思われるのはいやだなぁ」
 マユはそう言って、口を尖らせた。マリは、マユのそんな様子に思わず吹き出してしまった。
「マリちゃん、何よ!」
 マユがそう叫ぶと、マリは笑いをこらえながら、
「マユちゃん、面接って、『スター誕生』じゃないんだから、顔なんて誰も見てないんじゃないの?そんなこと気にするよりも、『尊敬する人』とか、『なりたい職業』とか、よく聞かれるような質問の答えを心配した方がいいよ」と言った。
 マユは、それを聞いて、マリに尋ねた。
「じゃあ、マリちゃんの『尊敬する人』は?『なりたい職業』は?」
マリは、大きく息を吸ってから、胸を張ってこう答えた。
「尊敬する人は、純子先生よ。なりたい職業は、純子先生みたいな写真家」
「・・・そうなの?てっきり『モデル』だと思ってたけど、マリちゃんって、写真家になりたいんだ?」
 マユは、マリの答えに驚いていた。
「『モデル』はもういいよ。きっともう先生も撮ってくれないだろうし。それより、撮影の現場で、先生の『作品』に賭ける情熱をものすごく感じて、あ、こういう仕事っていいなぁ、って思ってたの」
 マリは、そう言って笑った。


第六章「最後の約束」
1.熱くなれ



 1982(昭和57)年2月。
 フィリピンで現地の少女を撮影し終え、帰国したばかりの純子を待ち構えていたのは、発売されたばかりの写真集『潮風の少女』への、異常とも思えるほどの大反響であった。
「リカちゃん、留守番おおきに。どやった?問い合わせすごかったやろ?」
 事務所に戻るなり、留守を頼んだ若い女性にそう声をかけた純子は、皮肉交じりの笑みを浮かべていた。
「あんたの時は、えらい時間をかけて、さんざん歩き回って、やっと陽の目を見たゆうんに、このマユちゃんは、ちょっと発表しただけで、いろんな出版社から、ジャカジャカ言うてくる・・・。時代がちゃうんか、思てたけど、マリちゃんの写真には、あんまり問い合わせも来ぃひん。うちにとってはみな可愛い『最高のモデル』やった、ゆうんに・・・。うちの求めてた『芸術』て、人から見ればこないなモンやったんやなぁ」
 純子がそうやけ気味に話すのを聞いて、純子に「リカ」と呼ばれた女性が言った。
「先生、でも、マユちゃんとマリちゃんを撮影したことには、満足だったんでしょ?あんまり肩肘張ってないで、先生自身が満足できる写真を撮り続けていけばいいのよ。あの写真は、先生にしか撮れないんだから」
 コートを脱ぎ、応接のソファーに腰を下ろした純子は、首を大きく振った。
「そないなことあらへんわ、ほんま。確かにあの『作品』は、うちにしか撮れへんかった、ゆう人もおるやろ。そんなんごくわずかや。そやかて、写真集を手にした人がそれをどう捉えたんか、ゆうて考えると、マユちゃんを使うた写真やったら、誰の撮影でもええのやろ。うちが残念に思うてるんは、そんなとこやわ」
 リカは、投げ遣りな態度のままの純子の横に座って、純子の膝に手を置いた。
「じゃあ聞くけど、誰が撮っても、あの子はあんないい顔をしたかしら?」
 リカの言葉に、純子は頭をガーンと殴られたような感じだった。
 純子が撮影したモデルは、カメラを向けたのが純子だったから、あれだけ魅力的な表情を見せたのだ、というのは、純子が一番自信を持っていたことだった。自分の、少女たちへの「愛」を含んだ視点は、そこいらのヌードカメラマンと決定的に違うはず、その思いこそが、目の前にいるリカから始まった、純子の「少女ヌード」への情熱の「原点」なのだった。マユに関連した一連の周囲の動きは、純子にはその自信や情熱を否定するかのように思えていた。そんな中での、自分の「原点」からの言葉は、純子が「少女ヌード」を撮る意味を天に問いかけられているような、そんな錯覚を純子に与えた。
「私は、もうこんなに大きくなって、先生の撮りたい世代じゃなくなったけど、それでも、こうやって先生の写真を整理してると、『いいなぁ』って思うのよ。できることなら、あの日に戻って、もう一度先生に撮られたい、って何度感じたか・・・。きっと、この子たちも、みんな同じ気持ちなんじゃないかな?」
 リカはそう言って、純子にもたれかかった。あの頃と変わらないリカの髪の匂いが、純子に「初心」を思い出させた。
「そうや、去年の春に、うちはもう腹をくくってるんや。『白薔薇園』でマユちゃんの写真を使うたときに、こうなることは覚悟してたんやった。見る人がどう思たかて、うちの撮る写真には関係あらへん。うちはうちで、ひたすら感性に従うて少女を撮っていくだけや」
 純子はそうつぶやいた。リカはしばらく純子にもたれかかったままであったが、急に慌てた素振りで立ち上がって、言った。
「そうそう、フジアートさんから、来年の写真集は多少遅れてもいいから、マユちゃんの新作を含めた写真集の企画を準備してくれ、って連絡があったの。すっかり言うの忘れてたわ」
 純子は、それを聞くと目を大きく見開き、
「ほんまかいな・・・。今までそんなことあらへんかったのに。ま、フジアートさんとこからは、来年の写真集で最後にしとこ、思てたんやけどな・・・。マユちゃん、今年受験やさかい、春になったら聞いてみよか」と、嬉しそうに膝を叩いた。
「何や、やっぱり何やかんや言うて、うちはマユちゃんを撮りたいんやないか」
 自らの中に、新たな情熱が湧きあがってくるのを、純子は感じていた。



2.君は君だよ



 マユが、純子から撮影の申し込みがあったことを知ったのは、高校入試から帰ってきた直後だった。
「・・・ちょっと考えさせて・・・」
 純子の伝言を伝えた母に、マユはそう言って、部屋に入った。
「もう『モデル』やる自信なんてないよ・・・。毛も生えてきたし、丸い顔も髪が短いから目立つし、惨めなだけじゃない・・・」
 マユは、そうつぶやいた。
 実は、今日の面接試験で、面接官の先生とこんなやり取りがあった。
「私は、清岡純子先生のような、優しい心でモデルに接することのできる、写真家になりたいです」
 マユは、面接官をまっすぐ見つめて、そう答えた。もっとも、マユは本気で写真家を目指しているわけではなかったのだが、特に「なりたい職業」が思い浮かばず、つい、マリが以前そう言っていたのを「借用」したのだった。
 それを聞いて、面接官は「ほう」と眼鏡の位置を指で直しながらそう言った後、
「彼女、いい写真を撮りますよね。先日も、新しい写真集が出ていましたが・・・」と続けた。マユはそれを聞いて、
「うそ、この先生、私が『潮風の少女』だって気づいたの?何て言われるかしら?」とドキドキしながら、面接官の言葉を待った。
「あの少女は本当に儚く可憐で、それを彼女はよく捉えてますね。あの少女のようないい『被写体』にめぐり合えることも、写真家の『腕』なのでしょうかねぇ・・・」
 面接官はそう言って笑った。目の前の少女こそが、その「被写体」であるなどとは、まるで思ってもいないような顔だったのだ。
「・・・そうよ、もう2年以上も前の写真だもの・・・。私もずいぶん変わってるんだろうな。きっと、あの写真を見ても、私だとは誰も思わないんだ・・・」
 部屋に戻ったマユは、制服のままベッドに飛び込んで、仰向けになり、天井をじっと見つめながら、そうつぶやいていた。
「あたりまえでしょ?マユちゃんはもう高校生になるのよ?中1のままだったら、その方が変よ」
 マユが声の方を向くと、机に向かい、ノートに視線を落としたままのマリがいた。マリは、筆記試験に出た問題の解法を目で追いながら、
「だけど、マユちゃんはマユちゃん。体や考え方が大人になっていくだけで、マユちゃんそのものは変わらないよ」と続けた。
「でも、先生は、その、あの毛を剃らないと写真を撮ってくれないんでしょ?私は、剃るのは絶対に嫌。なら、撮影を引き受けても、先生をがっかりさせるだけじゃない?」
 マユは、口ごもりながら、恥ずかしそうにマリにそう言った。それを聞いたマリは、顔を上げ、マユに優しく微笑みかけながら、言った。
「嫌なときは、嫌だって言わなきゃ。先生だって、そこまでしてか弱い乙女を素っ裸にしたいわけじゃないはずよ。思いをはっきり伝えれば、分かってくれるわよ」
 マリは、席を立つと、マユのベッドの端に腰を下ろした。
「ねえ、マユちゃんはそうやって『先生の期待する自分』を意識してるけど、それは忘れて、もっとマユちゃんの思ったとおりに動けばいいんじゃない?マユちゃんって、いつもそう。今までだって、『盲腸』で撮影に行けない私のことを気にして、本当は人一倍寂しがりやさんなのに、お母さんを残してひとりぼっちでロケに行ったりして、無理しちゃうの。優しいんだよね。でも、マユちゃんは、もっとマユちゃんの気持ちに素直になって」
 マリはそう言うと、マユに寄り添うようにベッドに倒れ込んだ。
「マリちゃん、ありがとう・・・。マリちゃんのこと、世界で一番、大好きだよ」
 マユは、そう言って涙を流した。



3.どんなときも。



 マユは、純子に自らの思いを正直に伝えた。
「ごめんなさい。もう一度撮られたい、っていう気持ちはずっと持ってます。でも、もうヌードになる決心がつかないんです」
 純子はそれを聞いて、目をつぶり、上を向いた。予想していたこととはいえ、少しは淡い期待を抱いていた純子にとっては、マユの言葉は辛いものであった。
「そう、残念やなぁ・・・。せっかくお人形さんみたく可愛らしい髪型してるさかい、今のマユちゃんが撮れたら最高やったけど、肝心のマユちゃんに気持ちがあらへんのやったら、それはできひんことやろな・・・」
 純子はそう言うと、それっきり黙ってしまった。
 マユの横に座ったマリも、気まずそうな様子で黙ったままであった。
 しばしの間、静寂の時が流れた。
「そや!」
 その静寂を打ち破るように、純子の声が響いた。
「ヌードあらへんかて、撮影はできるわ。ヌードやない『モデル』やったら、マユちゃんもオーケーしてくれるやろ?どや?」
 純子は、目を見開き、マユのほうに体を乗り出して、そう問いかけた。突然の提案に、マユも、マリも、しばらく何も答えられなかった。
「・・・ヌードじゃない、って、つまり、水着とかですか?」
 目を瞬かせながら、マユがそう尋ねた。それを聞くと、純子は笑って、
「水着もええのやろけど、うちに水着の写真がとれるやろかなぁ?」と言った。もちろん、純子の頭には、水着という選択肢は最初からなかった。京育ちの純子は、無意識のうちにやんわりとあいまいな返事をしていただけだった。
「じゃあ、ファッションモデルみたいな感じですか?」
 今度はマユに代わってマリが尋ねた。純子は、
「そやねぇ。お洋服を何着か着替えてもろて、それを撮らせてもらえればええなぁ、思うわ」と言った。
 しかし、純子は本心では「ヌード」を諦めていなかった。
「今はとにかく、マユちゃんを撮影に連れ出すことが肝心や。連れ出して、撮影を進めて、そこで最後のお願いをして、うまくいけば逆転や」
 純子は、そんなことを考えていた。今まで数多くの少女を撮影してきた純子である。少女の移り変わりやすい心のことは、純子が一番熟知していた。撮影を承諾していても、撮影現場で突然拒否される、というケースもあったし、その逆に、どうしても撮影に気持ちが傾かなかった少女が、現場で他の少女の撮影を見ているうちに、終には撮影を承諾するようになった、ちょうど鳥取の時のマリのようなケースも多々あった。
「どないに困難かて、常に諦めたらあかんのや」
 恥毛の処理については、ヌードを承諾していない今の段階から考えても仕方がなく、それ以前に、いかにヌードにマユの気持ちを持っていくか、ということこそが、純子にとっての最大の課題であった。
「ヌードやのうてもええんよ。うちはマユちゃんを撮りたいだけやさかい」
 純子の説得に、いよいよ力がこもってきた。マユは、根負けしたかのようにため息をつき、そして、
「わかりました。その代わり、一つお願いしてもいいですか?」と言って、円らな瞳をじっと純子の顔に向けた。



4.ずっと2人で・・・



 高校入学を目前に控えた、3月末。
 マユとマリは、江戸川の河川敷に立っていた。
「・・・何だかちょっと緊張してきたわ」
 何故かマリがそう言った。マユはその言葉を聞き逃さなかった。
「ちょっと、撮られるのは私なのよ?」
 憮然とした表情をして、マユはマリにそう言った。だが、そう言ってすぐに、おどけた表情に変わった。
「へへ、なんてね。冗談よ。緊張しなくても大丈夫。先生に言われたとおりにすればいいんだから」
 マユは、そう言ってマリの背中をポンと叩いた。
 まるで、マリがモデルで、マユは付き添いであるかのような光景だった。
 その頃、控え室代わりの車の中では、純子がカメラの準備を念入りに行っていた。
「うちは、そこまでしてもマユちゃんの写真を見たい、思てるんやなぁ・・・。完全に惑わされてるわぁ」
 純子は苦笑いを浮かべながら、マユから「お願い」された日のことを思い出していた。

「一つお願いしてもいいですか?」
 マユがそう言ってきたのを、純子は訝しがった。
「何やろ・・・?ロケ地の希望やろか?着るお洋服のことやろか?」
 そんなことを考えながら、純子はマユに尋ねた。
「何?うちにできることやったら、何でも言うてや」
 マユは、純子の言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべながらこう切り出した。
「今度の撮影で、マリちゃんにカメラを使わせてください。マリちゃんに撮ってもらいたいんです」
 その言葉に、純子は仰天した。
「ま、マリちゃんに、撮ってもらいたいやて?」
 何とか声を絞り出すように、純子はマユの言葉を確認した。
「はい。マリちゃんは、先生みたいな写真家を目指してるんです。だから、先生に教えてもらって、私の撮影を練習に使ってもらいたいんです」
「マユちゃん、私のことは気にしないでよ」
 マユの言葉に、マリはマユの袖を引っ張りながらそう返した。しかしマユは、
「いいの、私はただマリちゃんに撮ってもらいたいだけ。やっぱり2人一緒に撮影に関わらないとね」と言った。マリは、マユのそんな気持ちが嬉しかった。
「マリちゃんにとって、こんなチャンスは他にないんです。先生が最初に撮って、その設定のままマリちゃんも撮る。もちろん、なぜその設定なのかを教わりながら。それが写真の勉強の第一歩じゃないかな、って思うんですよ。だから、ぜひお願いします」
 マユは純子にこう言うと、深々と頭を下げた。
「まいったなぁ・・・。それやったら、うちの撮る時間が半分になる、ゆうことやない。難しいなぁ・・・」
 純子はそう言いながら、思いを巡らせていた。ここでマユの願いを拒否したら、マユの写真は永遠に撮れなくなってしまう。かと言って、マユの願いを受け入れたならば、自分の思い通りの撮影にはならないだろう。
 しばらく葛藤が続いたが、純子はついに、
「マユちゃんが撮影を引き受けてくれるなら、それでええわ」と返事をした。
 マユは、それを聞くとマリの方へ振り返り、
「マリちゃん、よかったね。写真家への第一歩だよ」と笑った。
 そう言われたマリは、純子に申し訳ないという思いと、二人に感謝する気持ち、そして写真を勉強できる喜びが入り混じった、何だか不思議な気分になっていた。
5.初恋



「気持ちいい風」
 マユはそう言って、風の吹いてきた方を向いた。川を渡る風に吹かれ、美しい黒髪がそよいでいた。その髪型は入試のために切りそろえたショートボブのままだったが、多少伸びてきたところがあったため、前日に母が微調整のハサミを入れていた。そのため、いくぶん直線的なラインになっているが、よくよく見ると所々揃っていない部分があった。
 マリは、そんなマユを、レンズ越しに見つめていた。
「マユちゃんって、やっぱりモデル向きなんだなぁ・・・。こうやって、カメラを通して見ると、大人びた表情を見せたり、無邪気な子どもみたいだったり、すごくかわいいもの」
 マリは、ファインダーの向こうに映るマユの姿に、まるで初恋の人を見ているような、ときめきと感動を覚えていた。
「マユちゃん、今度は顔だけ、あの、ぽつんと浮かんだ丸い雲を見てや」
 マリの後ろから、純子はそう声を張り上げた。その言葉を聞いたマユは、顔をその雲の方に向けた。
「マリちゃん、モデルの視線を外すときは、何か目印になるモンを言うた方がええんや」
 純子は、マリにそう言った。純子の話す一言一言が、マリにとっては貴重なアドバイスだった。
 純子の言葉どおりに、一生懸命にカメラに向かうマリを見つめながら、純子は、
「マリちゃん、うちのモデルとしては、あんまし撮れへんかった方やけど、モデルやってる時よか、写真撮る時の顔の方が輝いてるわ。ほんま、この子は写真を『撮る』方に魅せられてるんやなぁ・・・」と思っていた。
 純子は、そんなマリの表情に、熱心さに惚れ込んでいたのだった。
 自分から離れた場所で、カメラを囲んでいる純子とマリの様子を眺めながら、マユは今までの撮影では感じたことのない「安心感」に浸っていた。
「裸じゃない、ってことだけじゃないよね、きっと。マリちゃんがいる、ってことだけでもないし、小さな子に気を配らなくていい、ってことだけでもない。でも、今までの中で一番安心していられるのよねぇ。何でだろう」
 マユの表情は、生き生きとしていた。もちろん、純子の指示どおりにポーズをとろうとするたびに、緊張感の張り詰めた顔になるのだが、すぐにその表情に余裕が出て、自然な笑顔を見せていた。
 そんなマユの姿に、純子は、当初考えていた「あわよくばヌードまで」という思いをすっかり忘れてしまっていた。
「やっぱり、マユちゃんはマリちゃんがいると、より輝きを増すんやわ。そう考えると、うちはとんでもない失敗をしてもうたんや。どんなにマリちゃんの写真が少のうても、どんなに新しい企画の写真組みに悩んでも、例えお腹に傷があっても、毛が生えていようとも、この2人は一緒におらんと、一緒に撮影に参加させんとあかんかったんや。・・・まぁ、そないなこと言うても、もう遅いんやけどな。今回の写真かて、世間が『マユちゃん』のほうを求めたからこそ予定を組んだのやし。それにしても惜しいことしたなぁ・・・」
 マユの明るく生き生きとした表情に天性のモデル魂を感じ、マリの一生懸命さに凛とした美しさを見出した純子にとって、この2人はどうしても切り離せない存在になっていた。
 しかし、現実はこの2人が同時に並び立つことを認めてはいない。だからこそ、純子は鳥取でのペア写真を「封印」し続けているのだった。
「まぁ、それもあとしばらくのことや。ページを少のうして、その分たくさんの本を出すようにすれば、写真の少ないマユちゃんとマリちゃんのペアカットも発表できるようになるはずや」
 この時点で、2人のペア写真の発表には、出版社サイドから色よい返事を得ていなかった。しかし、純子にとっては、どうしても達成したい目標でもあった。まるで、初恋の人と結ばれたい、と思うように。



6.天使のような笑顔で



 この夏の純子のスケジュールは、多忙を極めていた。ただし、今までの多忙さとは多少趣を異にしていた。
「これも全て、たくさんの『作品』を発表するためや。これからはどんどん海の外に目を向けなあかん」
 純子は、飛行機の座席でそうつぶやいていた。純子は、何としても封印されたままのマユとマリのペア写真を発表したかった。そのために、純子の考えた方法論は「写真を小出しに、頻繁に発表する」ことであった。
「『白薔薇園』がなぜ失敗したか、それは『あれもこれも』と欲張りすぎてもうたからや。もっとシンプルに、薄い本を作って、それを毎月出すようにしたら、あの写真もやっと日の目を見るゆうもんやわ」
 純子は、『白薔薇園』での失敗の原因を、自分なりにそう分析していた。色々なことを試してみよう、という意気込みが強すぎたのだ。それが空回りしてしまい、最後は、どんな切り口でページを埋めるか、ということしか考えられない状態になっていた。
 これからの「作品」発表は、決め事としては「少女のヌード」ということだけにして、あとは自由に、かつ、とにかく一回あたりの分量をコンパクトにまとめよう、と、純子は決めていた。そうすれば、ページが埋まらなくなることはないはずだった。
 ただし、これには別の課題があった。高頻度に新しい「作品」を発表していくとなると、その分たくさんの少女を撮り続けていく必要があるのだ。今までのように、国内の少女を中心に、一件一件撮影交渉をしていたのではとても間に合わない。そこで、純子は「海外」に目を転じたのだ。
「白人は老け顔やから、ほんまは好きやないんやけど、しゃあない」
 既に、昨年のうちに西ドイツへ渡り、現地での協力者を確保していた。ドイツは「FKK」と呼ばれるヌーディズムの盛んな国で、何の変哲もない町の公園の一角に、ヌーディスト達専用のエリアがあり、男女が芝生の上にごく自然に全裸で寝転がって、日光浴をしながら談笑している、といった、日本人である純子の想像を遥かに超えた「裸体観」を持つ国であった。
 また、屋外での撮影に適さない「冬季」の対策として、純子は温暖な南国でのロケも模索していた。そのロケハンのために訪れたフィリピンでは、ロケハンだけでなく、現地のプロモーターから紹介された少女の撮影をすでに行っていた。このため、国内での撮影も含めると、相当なストックが生まれていた。
「来年ぐらいまで撮影せんでも十分持つぐらい、ポジたまったなぁ。ま、ほんまに撮影しぃひんなんてことあらへんのやけど。さて、今度のアメリカは、どないやろなぁ」
 純子は、そうつぶやいて、目を閉じた。

 純子のいない事務所では、リカがマユとマリに写真集の原稿を見せていた。
「だいたいこんな感じになるんだけど、この下半分に、この写真を入れるの。これは先生からの『特別プレゼント』ですって」
 リカがそう言って二人の前に差し出した原稿には、チェック柄の洋服を着たマユの写真が、上下二段に分かれて印刷されていた。
 下の段、マユが満面の笑みを浮かべているカットは、実は純子の撮影ではなく、純子が撮影した後に全く同じ設定でマリが撮影したものだった。
 ところが、現像からあがった直後、純子はこのポジを見て、
「・・・これは完全にうちの負けやなぁ」と、思わずうなっていた。
 全く同じアングル、全く同じ設定、モデルの視線も全く同じ目印に向けさせて、同じように撮影した二枚の写真。ただし、決定的に違っていたものがあった。モデルの「表情」だ。
 純子の撮影した写真でも、マユは笑顔を見せていた。しかし、マリがシャッターを押した写真のマユは、それを遥かに上回る、自然な、かつ最高の笑顔だった。天使のような笑みとは、こういう笑顔のことを言うのだろう、と純子は思ったのだった。
「・・・本当に、この写真を使うんですか?」
 マリは、信じられないといった表情で、リカにそう尋ねた。リカがそれに答えるより早く、マユはマリの背中をポンと叩きながら、
「マリちゃん、やったね。一枚だけだけど、プロが認めてくれたってことよ。まぁ、マリちゃんの名前が出ないのは仕方ないけど、これから勉強していくのに、すごく自信になるんじゃない?」と、言って笑った。
 その笑顔は、写真の中の笑みと同じ、一点の曇りもない、とびきり無垢な笑顔だった。



7.太陽が燃えている



 1982年(昭和57年)の秋、純子にとって、重要な意味を持つ二冊の写真集が刊行された。ひとつは、マユのこれまでの写真を、未公開カットも含めて編集した『私は「まゆ」13歳』。もうひとつは、企画の斬新さでは類を見ない「月刊少女ヌード写真集」の『プチトマト』。いずれも、純子がこだわり続けてきた「芸術大作路線」とは一線を画し、被写体である少女の魅力そのものに最大限の焦点を合わせたものである。
「この評判で、うちのこれからやるべきことが見えてくるわ」
 純子は、そう考えていた。『プチトマト』が市場から高評価を得るようなら、マユとマリのペア写真を来年早々にでもここで発表しよう、と思っていたのだった。数ヶ月分の『プチトマト』用の写真は、既に日本中、世界中を駆け回って確保している。その後に「満を持して」登場させる腹積もりであった。
 また、純子は、例の「1年1作」の写真集について、来年の分でシリーズを終了させることを、版元と交渉し始めていた。版元は、条件として『13歳』が大ヒットすることを挙げ、そうであれば、シリーズを終了させてもよい、という判断を純子に伝えていた。すなわち、『13歳』の売れ行きもまた、純子の今後を占う上で重要だった。

「何やて?今、何て言った?」
 1983年(昭和58年)3月。ペルーでの一ヶ月近くに及んだ撮影から帰国し、撮影したカットを『プチトマト7』のために編集担当者に手渡してから、純子は1ヶ月の休養のため、海を一望するコテージにこもっていた。そこに、突然電話が鳴り響き、その想像もしなかった内容が、平穏な時間を切り裂いた。
「ダイナミックさんが、今回はマユちゃんの写ったカットを使わないでくれって。さっき原稿用に渡していたポジを返却しに来たわ。返しにきたマユちゃんファンの編集さんも納得していないみたいだったけど、上の人の命令だって。フジアートさんとの間で、今年1年はマユちゃんの新作発表を控えることで合意したらしいのよ」
 電話の向こうでは、リカが慌てた様子で話し続けていた。
 それを聞いて、純子は、自分の準備が甘かったことを悟った。
「もう1年、いやもっと、待たなあかんかったんや。満を持したつもりやったんやけど、まだ早かったんやなぁ・・・。さぁ、どないしよか。マリちゃん単独で写ってる写真はいいとして、マユちゃんひとりのカットとかペアのカットが、全部ボツかいな。かなりページあるやん・・・。しゃあない、リカちゃん、写真の差し替えは、マリちゃんの写真を中心に、『白薔薇園』書いてる棚の中のポジから、使えそうや思えるモンを適当に選んで、名前とか簡単に添えて編集君に渡してくれるぅ?表紙はマリちゃんのバストアップ写真で。全身写った写真はやめといて。2号みたい面倒なことは懲り懲りやし。そうそう、それと、文章はもう直せへんから、そのままでええわ」
「え?だって、確かマユちゃんのこと書いてるじゃない。このままだと、写真集を買った人が戸惑うんじゃない?『え?マユちゃん?どこ?どこ?』って」
 リカは、釈然としない様子で、純子にそう尋ねた。
「せやかて、非常時やからしゃあないやない。4月には本屋さんに並ぶ本やさかい、締め切りまであと何日もあらへんやろ?全く、こないに直前に言わんといて欲しかったわぁ。文章は間に合わへん。どうせそないに細いとこ読まれへんやろ。ほんなら、よろしゅう」
 そう指示して電話を切ると、窓の外に目を向けた。今まさに紅く燃えさかる太陽が西の海に沈もうとしているところであった。そのまばゆさに、純子は目を細めた。
「1年もマユちゃんの写真を発表凍結したら、あれだけ手紙を送ってくるファンは、きっとマユちゃんの『新作』を待ち焦がれるはずや。ダイナミックさんとこの狙いはそこなんやろな。今度『プチトマト』にマユちゃんの写真を載せるときは、表紙に別の子を載せても、編集君は嬉々として『マユちゃん出てます』みたいなコピーを入れるはずや。そしたら『マユちゃん特別待遇』が暗黙のうちに公然化して、『マユ&マリ』ペアの発表が無理になるわ。それもしゃあない、か。・・・ん?待てよ?この手でいけば・・・」
 純子の心の中で、ある思いが燃え上がってきた。
「うちとしては、少し不満は残る形やけど、他はみな、満足するような形にできるわ」
 まわりの全てがオレンジ色に染まった窓辺で、純子はそうつぶやくと、微かに笑みを浮かべた。

エピローグ.またここであいましょう



 1984年(昭和59年)春。
 マユとマリは、江戸川の堤防の上に立っていた。二人は、この4月でもう高校3年生になろうとしていた。年齢に比例してすっかり大人っぽく、そしてより美しくなっていたが、それでもまだ、少女の可憐さは微かに残っていた。
「早いものねぇ。あれからもう2年も経つなんて」
 マユは、そう言って空を見上げた。河川敷の広い空は、あの日と同じ青い空だった。
「何だか、今見ると、すごく恥ずかしいなぁ・・・。でも、こうやって形になると、すごく嬉しい」
 マリは、そう言って、手に持っていた、発売されたばかりの『プチトマト17』を開いた。そこには、今立っている、この春草茂る緑の堤で、無垢な笑みを浮かべているマユの姿が写っていた。版元間で勝手に取り決められてしまった「発表凍結期間」が「昭和58年一杯」であったため、年が明けた1984年(昭和59年)春になって、ようやく実現したマユの『プチトマト』だった。
 その中に掲載された、江戸川での「着衣」のカットのほとんどが、実はマリがシャッターを押したものである、ということは、純子とマユ、マリとの「秘密」であった。
「二人一緒に写ってる写真は、色々反対があって、しばらくは本にできひんようになってもうたんやけど、二人一緒に『作り上げた』写真やったら、すぐに本に載せることができる。せやから、うちの名前で出して申し訳ないんやけど、マリちゃんの撮ったマユちゃんの写真を、今度の『プチトマト』にいっぱい載せよう、思てるんやわ」
 純子は、原稿の確認をしてもらうために訪れた二人の家で、マユとマリにそう言っていた。確かにそれなら、マユの未公開カットを求める編集者も満足するし、新しいマユの写真集が発刊されることでファンも喜ぶことになる。純子以外の誰もが、少しずつ満足できると思われる、そんな結論だった。
 純子のそんな自分への配慮に感謝しながら、マリは肩に掛けたバッグを地面に置くと、純子から貰ったカメラを取り出し、レンズをマユに向けた。
「今見ると恥ずかしい、ってのは、こっちだよ。だって、4年以上前のおっぱいが写ってるんだよ。今とは形も大きさも全然違う気がするし、不思議な気分だよ」
 マユはそう言って、襟をつまんで中を覗き込むようなしぐさを見せ、舌を出して笑った。マリは、その瞬間を小気味のよいシャッター音とともに切り取った。
「・・・まあ、おっぱいは仕方がないんじゃない?そもそもヌードを撮られてたんだから。それにしても、先生、相変わらず忙しそうだよね。最近あんまり連絡くれないし」
 マリは、寂しそうにそう言った。できれば、もう一度この場所で、今度は自分が全て考えて撮影し、それを純子に見てもらいたい、そう思っていたのだ。
「また、ここで会えるといいね」
 マユは、そう言って、その場でくるりと回った。ワンピースの裾が、ふわりと大きく広がり、まるで美しい大輪の花が咲いたようだった。
「ちょっと、あんまり回ると、パンツ見えちゃうわよ。こっちは土手の下から見上げてるってこと、忘れないでよ」
 マリは、そう言ってファインダーから顔を上げた。その顔は笑っていた。
「へへ、それはちょっと嫌だなぁ。でも、マリちゃんが撮ってくれるなら、どんなポーズでも恥ずかしくないかもね」
 マユがそう言うと、マリはすかさず、
「じゃあ、毛は剃らなくていいから、今度『ヌード』撮らせてよ。一回、マユちゃんの裸を撮ってみたかったんだよね」と言って、笑った。
「そりゃあいいけど、私の『モデル料』高いわよぉ」
 マユはそう言って、両手を腰に当て、服の上からでもその膨らみが鮮明に分かる豊かな胸を、前に突き出すような仕草をした。マリはそんなマユを見て笑いながら、
「当然じゃない、大人気の売れっ子モデルなんだから」と言った。
「『モデル料』なんて冗談よ。大人気なのは昔の私。今はただの女子高生」
 マユは、そう言って、昔と少しも変わらない笑顔を見せた。
 春の穏やかな日差しは、川の水面をきらきらと輝かせながら、二人の少女を暖かく包み込んでいた。

・FC2BlogRankingでこの続きを探す
・オリジナルの体験談一覧(姉妹ブログも含む)
関連記事
 
[ 2017/11/02 22:00 ] 年下やロリとの体験談 | TB(-) | CM(-)
カテゴリ
アクセスカウンター
おすすめコミック
DLO-01 カレとの約束 ダウンロード販売
夏のオトシゴ ダウンロード販売
ブロマガ購読者数

現在254人が購読中です

ブロマガ一覧を見る

アクセスランキング